私は頭を持ち上げて父の顔色を窺った。すると、そんな私に父は同様に、自分を見詰める子である私の顔色を窺っている。そうして、私の目にある程度の好奇心の色を認めたのだろう、父はその場に立ち止まると、果たして私の予想通りに、ここで喜怒哀楽につての解説を始めた。
父は喜び、怒り、悲しみ、楽しみ、そんな言葉を次々に並べ立てると、喜怒哀楽とはそれらの事だよと説いた。人の感情は大体この4つだと父が説明を終えてから、分かったかと私に問うので、先程からの彼の言葉を一言漏らさず聞いていたと思っている私は、もう1つの感情は?、他にもあるとさっき言っていた物は何なのかと問うてみた。
すると父は、一瞬仕舞ったという様な、困惑の表情を顔に浮かべた。が、直ぐに平然とした父親の顔に戻った。そうして、頬に緊張感を走らせると、今はその感情はお前には分からないだろう。ぽそぽそと、半ば心此処に非ずの態でいうと、「説明しても多分お前には分からないんじゃないかな。」と、苦しそうに、呟くように付け足した。
私はその直線的な彼の頬の張り具合を目ざとく見詰めた。ここに何らかの彼の誤魔化しの匂いを感じる取ると、彼の私という自分の子に追い詰められた状況を読み取った。しかしこの時の私は何時もの私がする様に、そのままどんどんと問い詰めて深く彼を追求するという事をしなかった。彼も困るのだろう。この時期そんな事を薄々考える様に私は成っていた。何故なら、この頃の私が疑問をぶつける相手は、もう父や家内の家族に留まっていなかったからだ。
家族なら、家の尊敬される大人という体面も有ったのだろう。が、それに反して、外の大人は他所の子に対しては案外無防備だった。無理に尊敬など勝ち取ろうとは思わないのだ。私達子供に対して体面もへったくれも無い。他所の子供から尊敬や敬愛の念を勝ち取ろう、その思いを保持し続けよう、…なんてそう強くは思わないのだ。
うの華 21
『うつる?すると祖父は病気なのか。風邪だな。』しかし…。妙だなと、私は思った。 昨夕迄は、目立った目の下の紅色のたるみ以外は、特に祖父の身に何かの異変は無いようだった。身......
今日は夕方から雨の予報です。曇りですが蒸し暑くなるとの事、連休明けなので疲れそうですね。
1週間前に仕込んでおいた塩こうじが出来上がる日です。とろとろになっていました。毎日1回どころか、気になって日に何度も混ぜ返しました。こちらでは「あぜかえす」等言います。境を反すという事なのかしら。
今日は忙しくなるかもしれません。うの華3は休むかもしれません。
うの華 20
本当の異変は翌日起こった。1日前の私の危惧が杞憂に終わらなかったのだ。昔物語が祖父の身に現実に起こる結果になった。後に祖母も言っていたが、「昔物語は大袈裟だと馬鹿にできない物だ。......
割合過ごしやすかった昨日。家でのんびり過ごしました。今年は未だ黄色いカラーが咲きません。日照不足なのかもしれないですね。
父はきょとんとした様な顔を私に向けた。そこで私は、寝ようとしていた私を、起こした理由がきちんと知りたいと父に言い寄った。が、彼は黙ったまま私を見下ろしていた。
暫し間を置いて、ま、いいじゃないかと父は言う。
「お父さんも寝るから、一緒に寝よう。」
そう言うと父は私を、私の布団の上に運んで下ろし休ませた。それから、布団が重ねられている隣の部屋に1人移ると、よいせよいせと自分の敷布団を運び始めた。彼は何回かに分けて布団を数枚運びながら、独り言の様に喋り出していた。
「発起だな。」
父さんがそう言っていたが、お前発起したそうだ。一念発起だ。「あの歳で発起するとは、可哀そうに、そうか、もうそんな歳なんだろうな。」、はてさて、父さんの言う発起とは、何の事やら。
…それにしても、意地汚い奴だな、お前は。「あの子は手に菓子でも持っていると勘違いしたんだろう。」母さんが言っていた。そう言うとここで父は立ち止まり、私を見やると何やら親らしく笑った。私は父のこの一連の所作を、寝転ぶ自分の足元の方向に見過ごしながらぼんやりと黙っていた。
お前喜怒哀楽を一時にしたなぁ。父はそんな言葉を口にし出した。あんな短い間に人の全部の感情を持つとは、なかなか見上げた物だな。と、何やら私には訳が分からなかったが、彼は私を持ち上げる様な物言いをした。これに私はちょっと得意な気分になった。もちろん父はふざけているのだ。内心そうかもと考えながら、私は布団に肩肘を衝いて身を起こし、微笑んで父を見上げた。深く観察する気になれなかった私は、まぁいいや、ここは父に乗せられて褒められている気分になって置こう、と思った。
喜怒哀楽か…。父は続けて布団を運びながら、本当はまだ有るんだぞ。人にはまだ他の感情も有るんだ。そんな事を言った。他の感情を知っているか?、まだ知らないだろう。そんな父の言葉に、馬鹿にされていると感じる私だった。『子供だと思って馬鹿にして。』、
「知らない。」
また横になり足を延ばし布団に沈み込むと、私は天井を見上げて態との様に素っ気なく父に言った。
それが普通だ。そんな事を父は言うので、馬鹿にしている訳でも無いのだなと、私は天井の年輪を見ながら考え直した。そうだ、勿論、父の言う通り私は喜怒哀楽さえ知らないのだ。どうやらこの流れは、何時もの父の言葉の解説、物事の説明が行われる様子だと、眺める年輪の、濃淡の色の流れを追いながら私は推理していた。