Reflections

時のかけらたち

昨日から今日へ ・・・ from yesterday to today

2021-01-20 23:57:48 | a day in the life

昨日の体調は最低でした。朝ヨガのオンラインレッスンに参加するために朝6時起きで頑張ったのですが、最近、朝起きる時とか、ヨガでシャバーサナが終わって、起きる時に右足の付け根とか腰のあたりがすごく痛くなることがあったのですが、ヨガの最中に痛くなって、ダウンドックができず、しばらく休んでから、また再開しました。せっかく長い間痛かった右ひざが治ったのに。年を取るということはこういうことの繰り返しなのですね。

どうも調子が悪く、朝食後もなんだか眠くなって、体も冷たかったので、無理をしないで寒い一日外に出ないでじっとしていました。体の声に従って過ごしたという感じです。図書館から借りてきたCDの返却に行く予定をやめて、夕方前々回の「麒麟が来る」を録画してあったものを見ました。キャストも素晴らしいし、光秀というあまり光の当たったことのない人から見た世界が面白いです。信長は秀吉や家康と比べて残虐性はありますが、魅力的な感じがしていましたが、どれだけ周りの人を苦しめたのだろうかとも思いました。辻邦生の「安土往還記」を読んでみたくなりました。

昨日はそんな沈んだ一日でしたが、小さなことでしたが、いいこともありました。オンラインレッスンを受けるにあたって、家でもマットをしてねと先生に言われていたのですが、絨毯の上でそのままやっていました。おとといのヨガのレッスンの後、娘がヨガマットを持っているのですが、衛生上の観点もありどうも借りにくくてと先生に話していたら、うじうじ遠慮しないではっきり聞いてみた方がいいよと先生に言われました。どうも娘には遠慮がちになってしまいます。思い切って話してみたら、やっぱり一家に二つヨガマットは置いておけないと言うと思ったと言われてスタジオと同じように終わったら拭いてくれればいいよと嬉しい回答でした。スタジオに置きっぱなしのマットがぼろぼろになってきたので、それは買い替える予定でした。何事も思ったことはすっと言ってみて、そのあとで対処していけばいいのだと思いました。

昨日の夕陽

 

                                        

今朝は体の調子も戻っていたようだったので、午前中に図書館にブラームスのCDを返しに行って、久しぶりにまわりを歩いてみようかと思いました。ブラームスの後に生まれて良かったと思うくらい、ヴァイオリン・ソナタはよかったです。CDの演奏はあまりよくなかったのですが。私が死んで何百年か経って、今あるものはどう評価されるか、どんな時代になっているか想像もつきません。

今日は気温は低かったけれど、さわやかに晴れて、お散歩日和でした。娘は職場がまた都の要請により自宅の日も増えて、午前中はzoomで打ち合わせのようでした。世の中コロナで大きく変革されていきますね。電通の本社売却のニュースには驚きましたが、究極、本社が必要なくなってくるということです。コロナも変異ウィルスが増えて行き、収束の兆しも見えません。

家の周りの椿が咲いていました。山茶花の方はずっと早く咲きます。

 

 

今日は体調もあり、重いカメラは持たず、スマホです。

 

図書館の後、戸山公園を抜けて、国際医療センター方面に向かいました。

 

去年の春にみつけた秘密の花園には今は枯れ花しかありませんでした。

まさか、これ菜の花?

 

写真を撮っていたら、なんとこんなところを撮っている人がいました。若い女の人でした。買い物の途中にふと足を止めたのでしょうか・・ 

キリキリとメジロの鳴き声がして、メジロやシジュウカラには会えた散歩道でした。

もう一つ先の小さな公園にもなにもなくて、公園には普通水仙の花とか咲いているものよねと独り言を言っていたら、なんと水仙の花が少しだけ咲いていました。期待に応えてくれてありがとう。

 

戸山公園に入って行きます。

この中が、また迷いそうな広い公園で

この出口に出たかったのですが もっと手前に出てしまいました。

国際医療研究センター 

感染症が専門の病院ですが、なんと元の職場の専務が入院して、そこまで仕事のOKを取りに上司と行ったことがありました。今はコロナで大変だと思います。 その時、帰りにうまく帰れる交通手段がなくて家まで歩きました。

散歩の目的地はこの病院の先を曲がった少し先にありました。道に迷って、作業をしている人に聞いて、何とか近くまで行き、その近くではマスクをしていてよくわからなかったのですが、外国人に道を聞いてしまいました。とても親切なご婦人で流暢な日本語でした。

行った先はネットで調べた表千家の稽古場「雪後軒」です。どこか家の近くで教えてくれるか、そういう場がないかしらと探していたところです。

よくよくネットでお稽古のことを見ていたら、コロナで1回一人、手袋着用でお茶を点てるみたいです。先生とマンツーマンというのもね~。最初は思い出したいので、それでもいいのですが・・・

ホームページはさすが写真の撮り方が良くて・・ 新宿なので隣とはぴったりくっついて建てられた家でした。ちょっと距離はありますが、歩いても行けます。一度見学をしてみようかと思っています。今日はとりあえず場所だけを確認しましたが、ひっそりとしていました。帰ってからHPでお稽古が1回に一人ということ知りました。

お昼の準備があるので急ぎ足で帰りました。スマホを見たら1万歩を越えていました。久しぶりのウォーキングでした。

夕食は近くのスペインバルへ娘と行きました。家でパエリアがうまく作れないので、美味しいのが食べたいという希望です。女性1人でやっているバルは5~6人くらいしか入れないような小さなお店で、先客が二人いただけでした。8時までの営業なので今日はこれだけの人数で終わりなのだと思いました。夜の時間が短くなったので、昼から夜まで続けてやるようにしたと話していました。一つのお店がだめになると連鎖していくつもの企業に影響を与えて行きます。病気も経済も恐いことになっています。

今日の夕陽

夕食のマグロとアボカドのセヴィーチェ

パクチーも少し入っていました。アボカドは好きで家でもいろいろなものと合わせて食べていますが、これはいただきです。

 

パエリアは取り分けてもらいました。

 

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憧れの湖東へ(2020年11月)⑥ 金剛輪寺 ・・・ Kongourinji

2021-01-20 23:32:09 | wonderland

午後湖東三山の残りのお寺を回りました。今写真を見るとここからがクライマックスといった感じです。

金剛輪寺は、奈良時代の中頃、天平13年(741)に聖武天皇の勅願で行基菩薩によって開山されました。言い伝えによりますと行基菩薩が一刀三礼で観音さまを彫り進められたところ、木肌から一筋の血が流れ落ちたため、その時点で魂が宿ったとして、粗彫りのまま本尊としてお祀りされました。後の世に「生身(なまみ)の観音」と呼ばれるようになり、全国の観音信徒より篤い信仰を集めています。
平安時代の初めには、比叡山より慈覚大師が来山、天台密教の道場とされて以来、延暦寺の末寺、天台宗の大寺院となりました。

バス専用のパーキングから入ったので、本堂までは少し登ればつきました。そこからずっと下に降りて行って、庭園を見て回りました。鮮やかな紅葉がまだ、緑や黄色い葉と共に混ざっていて、紅葉一色でなかったのが時期的にも良かったように思いました。

入るとすぐ、小さなお地蔵さんたちと、大きな草履がお出迎えです。

 

 

 

 

本堂のまわりなどにあるもみじは「血染の紅葉」と呼ばれる、ひときわ赤いもみじがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沢山のお地蔵さんを見ながら庭園へと下って行きます。

 

 

 

 

元寇の役(蒙古襲来)の戦勝記念として、時の近江守護職・佐々木頼綱によって建立された本堂は、鎌倉時代の代表的な和様建造物として国宝に指定されています。堂内には御本尊をはじめ、阿弥陀如来坐像、十一面観音立像など平安から鎌倉時代の仏像が安置され、その多くが国の重要文化財に指定されています。
また、三重塔(鎌倉時代)および二天門(室町時代)も国指定重要文化財で、桃山時代から江戸時代の中期にかけて造られた本坊明壽院の庭園は近江路随一ともいわれ、国の名勝に指定されています。

 

ここからお庭の方に入って行きました。

 

Nov.16  2020   Shiga

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