Reflections

時のかけらたち

小石川植物園の鳥 ・・・ birds in Koishikawa Botanical Garden

2021-01-23 21:20:53 | nature

1月22日

かくれた東京の鳥の宝庫だったなんて知らなかった。昨年から再び行くようになり、ハマっている小石川植物園。 花を見るために行っていたのですが、今年になって行ってみたところ、葉の落ちた木々にたくさんの鳥が来ていることを知りました。カワセミが水面すれすれに飛んで行き、エナガやシジュウカラの群れがにぎやかに騒いでいました。今日は鳥目的で出かけて、前回案内してもらった野鳥の写真展も帰りがけにより、見てきました。なんと小石川植物園に来る鳥のリストには94の種類の鳥が書かれていて希少も含まれますが、その豊かな自然に驚かされました。家から比較的近いところにこんな世界があったなんて知りませんでした。キクイタダキもリストにありました。数日前にアップされたブログにはルリビタキもいて、年間パスポートを買って通ってみたくなる植物園。今日は都電とバスを使って、シルバーパスでフリーで行く方法も見つけました。

今までなかなか行けなかった日本庭園方面を歩きました。江戸時代からの自然が残っているエリアもある場所です。

日本庭園 Japanese garden

日本庭園

第5代将軍徳川綱吉の幼児の居邸であった白山御殿の庭園に由来するもので、江戸時代末期には蜷川能登守の下屋敷の一部になっていました。 造園家の名は不明ですが、自然の地形をたくみに利用しており、おとなしい石組みや地割りのなかにすぐれた技術がうかがわれ、江戸時代の代表的な庭園の一つであるといわれています。 その一角には梅園があり、主として観賞用に作出された約50の園芸品種計100株あまりが集められています。 また梅林の中央にはハナショウブ園を設け、江戸系80、伊勢系20の計100品種を植えています。

東京大学大学院理学系研究科附属植物園HP 国指定名勝および史跡 小石川植物園 より

 

シナノマンサク

 

入口で会ったニャンコ。世話をしている人がいて少し話しました。バッチをしていて、野良猫の保護活動をしているようです。この前ここであった白と黒の猫もずいぶん長くここにいて、もうずいぶん年を取っているとのことでした。なんだか子供のようにやることがかわいかったです。

守られているんだね。

芭蕉 ・・芭蕉布はこれから作るのでしょうね・・ 憧れの布です。

 

自然の中に入って行きます。鳥を見に来たのか大きなレンズを持った人がゆっくり歩いていました。男性なのか女性なのか日本人なのか外国人なのか全くわかりませんでした。なかの方ではカメラを持った外国人の女性何人かに会いました。子供連れの人や車椅子で散歩に来ている人もよく見かけます。東大の施設で維持のために入場料がかかりますが、落ち着いた公園といった感じで好きな場所の一つになりました。

ハグマノキ

鳥の声が高いところでしていました。なんだかたくさんいそうな予感・・・

 

神秘的な空気が流れている場所。ここには太郎稲荷と次郎稲荷があると後で知りました。歴史の遺構があります。次回は探検したくなるような空間です。

 

カサカサと言う音がして・・よく見るとシロハラが餌を探しているところでした。

 

まだ梅はほとんど咲いていない梅林です。

 

 

 

シジュウカラがやっといました。前回来た時は群れをなしていました。よくよく見ると低い藪の中にたくさんいました。

 

そこへさっきのシロハラか飛んできました。

 

 

シジュウカラは光の関係で暗くなって良く撮れません。

 

 

 

 

 

 

こちらのやぶにいたのはメジロでした。前の枝にピントが合ってボケボケですが・・

前回この近くでエナガの大群を見たのですが、この日は会えずにいました。

 

 

 

 

池の近くの木の上に尾が長い鳥がいて遠かったけど撮って見たら・・ エナガでした!

 

シジュウカラなどに混ざってエナガがいました。

 

 

 

階段にいたシジュウカラは脇目も振らずお食事中でした。邪魔するといけないのでしばらく階段を登らないで待っていました。

 

 

木の上の方で、そういえば少し前からギーギーとコゲラが私はここにいるよと鳴いていました。

 

 

メジロもやっと撮れました。夕方が近くなってきた池の上の木にはいろいろな鳥がやって来ます。なかには池の表面にダイブして何かを取ったシジュウカラもいてにぎやかでした。

 

 

池のほとりにいたら、空高く飛んで行くサギを見ました。ダイサギだったのかしら・・ その姿を見て、私もそろそろ帰らなくてはと思いました。

 

さっきシジュウカラがいた階段を上って、温室前のキタミソウを見て、野鳥展を見て帰ることにしました。途中寒桜の所を通りましたが、2~3名の人が写真を撮っていて、上の方にメジロが2羽いましたが、ヒヨが追い払うようにして、意地悪していたので、写真を撮らずに通り過ぎました。

 

米粒よりも小さいようなキタミソウもまだ咲いていました。

 

柴田記念館で野鳥の写真展を見て、帰りがけにロウバイを見ました。なんといい香りなんでしょう・・・

ロウバイ

 

ソシンロウバイ

 

 

 

もう一度シナノマンサク

 

 

柴田記念館でのミニ企画展

植物園なので今まであまり野鳥の情報がなかったのですが、リストが置いてあり、貴重な情報源となりました。

 

1月22日に出会った鳥

多分アオジ、エナガ、シジュウカラ、コゲラ、メジロ、シロハラ、ヒヨドリ、飛んで行くシロサギ

 

Jan.22  2021  Koishikawa Botanical Garden

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憧れの湖東へ(2020年11月)⑦ 金剛輪寺の庭 ・・・ gardens of Kongourinji

2021-01-22 23:51:01 | wonderland

花の寺と呼ばれる金剛輪寺には季節ごとに美しい姿を見せてくれるお庭があります。今HPを見たら、雪に埋もれるお庭もまた素敵でした。階段が多いところなので行くのは大変でしょうけれど・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

苔の種類もいろいろあるようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Nov.16  2021   Shiga

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命の歌 ・・・ song of life

2021-01-21 23:57:09 | seasons

どこかお散歩をしていた時、クリスマスローズが咲いていたのを見て、そうイースターローズ・・そろそろ咲くのかなと思い、うちのクリスマスローズを見たら、もう小さな蕾を持っていました。新しい花の命が誕生。クリスマスに咲くのかイースターに咲くのかわからないけど。今年で3年目。3年に1回くらい鉢の植替えをするといいとネットに書いてありました。

今日アメリカの新しい大統領が誕生しました。多くの困難があるでしょうが、取りあえずトランプが続行しなくてほっとしています。レディ・ガガの国歌も力強かったです。

洗濯物を片付けながら、ふとレオン・フライシャーのCDが目に留まり、聴いてみたくなりました。久々に聴くバッハが心に沁みました。「主よ人の望みの喜びよ」がテンポをぐっと落として、二つの手で弾けることの喜びをかみしめるようにひいているのが、改めて、心に響きました。続けて聴く「羊は安らかに草をはみ」はキラキラと純粋で美しい音楽でした。

レオン・フライシャーは昨年の8月に亡くなられていました。92歳でした。生で聴きたかったのですが、そういうチャンスは廻って来ませんでした。心に残るピアニストの一人です。YouTubeにあった「羊は安らかに草をはみ」と「主よ人の望み・・・」はなかったので他のバッハの曲を入れました。心落ち着く音楽です。

 

Bach, J.S. - 'Schafe können sicher weiden', BWV 208 [Leon Fleisher] 羊は安らかに草をはみ

Bach - Capriccio in B-flat major, BWV 992 ("On the Departure of a Beloved Brother") - Leon Fleisher

Bach - Chromatic Fantasy & Fugue in D minor, BWV 903 - Leon Fleisher

 

綿の雑然としたCDなど音響関係の物の置き場。ここは大掃除の時も手つかずで汚いまま。MDも整理しなくてはと思いつつ時間が過ぎてしまっています。娘が小学生の時に作った白いお化けもお気に入りでとっています。

 

今日の夕陽。 だんだん日が長くなってきました。

 

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昨日から今日へ ・・・ from yesterday to today

2021-01-20 23:57:48 | a day in the life

昨日の体調は最低でした。朝ヨガのオンラインレッスンに参加するために朝6時起きで頑張ったのですが、最近、朝起きる時とか、ヨガでシャバーサナが終わって、起きる時に右足の付け根とか腰のあたりがすごく痛くなることがあったのですが、ヨガの最中に痛くなって、ダウンドックができず、しばらく休んでから、また再開しました。せっかく長い間痛かった右ひざが治ったのに。年を取るということはこういうことの繰り返しなのですね。

どうも調子が悪く、朝食後もなんだか眠くなって、体も冷たかったので、無理をしないで寒い一日外に出ないでじっとしていました。体の声に従って過ごしたという感じです。図書館から借りてきたCDの返却に行く予定をやめて、夕方前々回の「麒麟が来る」を録画してあったものを見ました。キャストも素晴らしいし、光秀というあまり光の当たったことのない人から見た世界が面白いです。信長は秀吉や家康と比べて残虐性はありますが、魅力的な感じがしていましたが、どれだけ周りの人を苦しめたのだろうかとも思いました。辻邦生の「安土往還記」を読んでみたくなりました。

昨日はそんな沈んだ一日でしたが、小さなことでしたが、いいこともありました。オンラインレッスンを受けるにあたって、家でもマットをしてねと先生に言われていたのですが、絨毯の上でそのままやっていました。おとといのヨガのレッスンの後、娘がヨガマットを持っているのですが、衛生上の観点もありどうも借りにくくてと先生に話していたら、うじうじ遠慮しないではっきり聞いてみた方がいいよと先生に言われました。どうも娘には遠慮がちになってしまいます。思い切って話してみたら、やっぱり一家に二つヨガマットは置いておけないと言うと思ったと言われてスタジオと同じように終わったら拭いてくれればいいよと嬉しい回答でした。スタジオに置きっぱなしのマットがぼろぼろになってきたので、それは買い替える予定でした。何事も思ったことはすっと言ってみて、そのあとで対処していけばいいのだと思いました。

昨日の夕陽

 

                                        

今朝は体の調子も戻っていたようだったので、午前中に図書館にブラームスのCDを返しに行って、久しぶりにまわりを歩いてみようかと思いました。ブラームスの後に生まれて良かったと思うくらい、ヴァイオリン・ソナタはよかったです。CDの演奏はあまりよくなかったのですが。私が死んで何百年か経って、今あるものはどう評価されるか、どんな時代になっているか想像もつきません。

今日は気温は低かったけれど、さわやかに晴れて、お散歩日和でした。娘は職場がまた都の要請により自宅の日も増えて、午前中はzoomで打ち合わせのようでした。世の中コロナで大きく変革されていきますね。電通の本社売却のニュースには驚きましたが、究極、本社が必要なくなってくるということです。コロナも変異ウィルスが増えて行き、収束の兆しも見えません。

家の周りの椿が咲いていました。山茶花の方はずっと早く咲きます。

 

 

今日は体調もあり、重いカメラは持たず、スマホです。

 

図書館の後、戸山公園を抜けて、国際医療センター方面に向かいました。

 

去年の春にみつけた秘密の花園には今は枯れ花しかありませんでした。

まさか、これ菜の花?

 

写真を撮っていたら、なんとこんなところを撮っている人がいました。若い女の人でした。買い物の途中にふと足を止めたのでしょうか・・ 

キリキリとメジロの鳴き声がして、メジロやシジュウカラには会えた散歩道でした。

もう一つ先の小さな公園にもなにもなくて、公園には普通水仙の花とか咲いているものよねと独り言を言っていたら、なんと水仙の花が少しだけ咲いていました。期待に応えてくれてありがとう。

 

戸山公園に入って行きます。

この中が、また迷いそうな広い公園で

この出口に出たかったのですが もっと手前に出てしまいました。

国際医療研究センター 

感染症が専門の病院ですが、なんと元の職場の専務が入院して、そこまで仕事のOKを取りに上司と行ったことがありました。今はコロナで大変だと思います。 その時、帰りにうまく帰れる交通手段がなくて家まで歩きました。

散歩の目的地はこの病院の先を曲がった少し先にありました。道に迷って、作業をしている人に聞いて、何とか近くまで行き、その近くではマスクをしていてよくわからなかったのですが、外国人に道を聞いてしまいました。とても親切なご婦人で流暢な日本語でした。

行った先はネットで調べた表千家の稽古場「雪後軒」です。どこか家の近くで教えてくれるか、そういう場がないかしらと探していたところです。

よくよくネットでお稽古のことを見ていたら、コロナで1回一人、手袋着用でお茶を点てるみたいです。先生とマンツーマンというのもね~。最初は思い出したいので、それでもいいのですが・・・

ホームページはさすが写真の撮り方が良くて・・ 新宿なので隣とはぴったりくっついて建てられた家でした。ちょっと距離はありますが、歩いても行けます。一度見学をしてみようかと思っています。今日はとりあえず場所だけを確認しましたが、ひっそりとしていました。帰ってからHPでお稽古が1回に一人ということ知りました。

お昼の準備があるので急ぎ足で帰りました。スマホを見たら1万歩を越えていました。久しぶりのウォーキングでした。

夕食は近くのスペインバルへ娘と行きました。家でパエリアがうまく作れないので、美味しいのが食べたいという希望です。女性1人でやっているバルは5~6人くらいしか入れないような小さなお店で、先客が二人いただけでした。8時までの営業なので今日はこれだけの人数で終わりなのだと思いました。夜の時間が短くなったので、昼から夜まで続けてやるようにしたと話していました。一つのお店がだめになると連鎖していくつもの企業に影響を与えて行きます。病気も経済も恐いことになっています。

今日の夕陽

夕食のマグロとアボカドのセヴィーチェ

パクチーも少し入っていました。アボカドは好きで家でもいろいろなものと合わせて食べていますが、これはいただきです。

 

パエリアは取り分けてもらいました。

 

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憧れの湖東へ(2020年11月)⑥ 金剛輪寺 ・・・ Kongourinji

2021-01-20 23:32:09 | wonderland

午後湖東三山の残りのお寺を回りました。今写真を見るとここからがクライマックスといった感じです。

金剛輪寺は、奈良時代の中頃、天平13年(741)に聖武天皇の勅願で行基菩薩によって開山されました。言い伝えによりますと行基菩薩が一刀三礼で観音さまを彫り進められたところ、木肌から一筋の血が流れ落ちたため、その時点で魂が宿ったとして、粗彫りのまま本尊としてお祀りされました。後の世に「生身(なまみ)の観音」と呼ばれるようになり、全国の観音信徒より篤い信仰を集めています。
平安時代の初めには、比叡山より慈覚大師が来山、天台密教の道場とされて以来、延暦寺の末寺、天台宗の大寺院となりました。

バス専用のパーキングから入ったので、本堂までは少し登ればつきました。そこからずっと下に降りて行って、庭園を見て回りました。鮮やかな紅葉がまだ、緑や黄色い葉と共に混ざっていて、紅葉一色でなかったのが時期的にも良かったように思いました。

入るとすぐ、小さなお地蔵さんたちと、大きな草履がお出迎えです。

 

 

 

 

本堂のまわりなどにあるもみじは「血染の紅葉」と呼ばれる、ひときわ赤いもみじがありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沢山のお地蔵さんを見ながら庭園へと下って行きます。

 

 

 

 

元寇の役(蒙古襲来)の戦勝記念として、時の近江守護職・佐々木頼綱によって建立された本堂は、鎌倉時代の代表的な和様建造物として国宝に指定されています。堂内には御本尊をはじめ、阿弥陀如来坐像、十一面観音立像など平安から鎌倉時代の仏像が安置され、その多くが国の重要文化財に指定されています。
また、三重塔(鎌倉時代)および二天門(室町時代)も国指定重要文化財で、桃山時代から江戸時代の中期にかけて造られた本坊明壽院の庭園は近江路随一ともいわれ、国の名勝に指定されています。

 

ここからお庭の方に入って行きました。

 

Nov.16  2020   Shiga

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今年はお茶を生活の中に取り戻したい ・・・ Maccha life again

2021-01-18 20:53:19 | thoughts

まるたけさんのブログを見て、お茶の世界に再び近づきたいという思いが強くなりました。こんなご時世、お茶をするのはとても困難でどこも工夫をされているようです。

家で一人で点てるだけでもそれだけでもお茶の世界は味わえます。実家で同居していた父方の祖母が残したお茶の箱を取り出してきました。何時もは食器棚に置いてある抹茶茶わんを出して、シャカシャカとテーブルの上で娘と点てています。お茶を学生時代か就職したての頃に習うようになったのは母方の祖母が習っていて、そのお友達が姪御さんと妹さんに自宅でお茶を教えていらしたからです。吉祥寺の古い日本家屋で(まるで星岡と同じような・・)毎土曜日の午後はお茶を教えていただいていました。チャーミングな先生でお子さんがいらっしゃらなくて姪御さんとかかわいがっていらしたようです。教えてもらうというよりいつももてなしていただいていたような幸せな空気の中でした。

 

家にいた祖母は自分の部屋で一人でお茶をたてて飲んでいたようです。いつもお籠りしていたので、どんなふうにしていたのかわかりませんが、新聞や本を読むのと散歩が好きな祖母でした。祖母が大事にしていたお道具を初めてあけて手にとってみました。30代で未亡人となった祖母はきっといろいろ持っていたでしょうに、最後に残ったのがこれだったのですねと感慨深いです。

 

 

どうしてこれを取り出したかと言うと、食器棚に飾ってあった濃茶入れとか探していたら、どうしても棗がないのです。私は持っていなかったのかしら? 何しろいつも冷凍庫に入れてあるお抹茶を取り出して、そのまま茶杓ですくって点てていたのですから・・  そうだおばあちゃんのセットの中にないかしらと取り出した次第です。

 

棗ありました。他に香合、建水が入っています。

 

 

 

平成記念美術館で見た「茶箱は宇宙」展も思い出しました。小ぶりなのもので取り揃えてかわいかったです。

 

私のお道具たち

 

20代のころ、油絵の友達が陶芸もやっていて作品展に行った時に、もしかして濃茶入れになるかもと思って買ったものです。先生にお見せしたら象牙のふたを作って、お仕覆をそろえてくださいました。

こちらは先生からいただいていたお濃茶入れです。

 

結婚のお祝いには楽茶碗をいただきました。お銘は「和敬」

祖母が使っていた萩茶碗を若い頃に頂きました。祖父と萩に旅行した時にいただいたものとかで、小ぶりで女性の手に合って点てやすくいいのではとのことでした。祖母の紹介でお茶を始めた私でした。

深大寺の窯で自分で作ったお茶碗。底が難しかったです。

娘が小学校の時に作ったお茶碗は厚みがあり、重いのでお抹茶には向かないかもね。

 

父からもらった多分九州の窯のお茶碗。なんだかあまり好きではなくて、出番がないです。

お稽古用かな・・ 他にも明るい柄のお稽古用意のお茶碗が2~3あるくらいです。

香合

 

とにかくおばあちゃんの棗が出てきてよかったわ。私もおけいこ用かただの朱塗りのを持っていたような気がしたけど・・

祖母の茶箱が日の目を見て良かった。30年以上眠っていたのではないかしら・・・

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母から繋ぐ料理 ・・・ inherited cookbooks from my mother

2021-01-18 12:33:00 | books

両親が亡くなり、実家を処分するときに持って来たものは母の和服や自分の和服、本(おもに料理)と父がよく聞いていたクラシックのCDや食器など。

洋服など何もいらないと言った妹は正解でした。私は洋服も少し持ってきたのですが、やっぱり着ませんでした。もったいない精神が邪魔しました。和服は少しは着ていますが。

まるたけさんのブログに最近載った田村隆さんの料理本に刺激されて、母の本を出してみました。

母は祖母の代から友の会に入っていたので、婦人之友社の影響を受けていて、本もほとんど婦人之友社の発行で、家庭料理の基礎のようなものを多く持っていました。料理をメモしたのノートも4冊くらいあります。私も真似して高校くらいの時から好きな料理のレシピを小さなノートに書いていて3冊くらいにはなっています。最近はネットやコピーでノートに書くことはなくなりましたが。

母も晩年はシニアの料理や野菜を中心の料理、具合の悪い時の料理などの本が中心になっていました。何と栗原はるみの本もありました。

私自身は自分のメモや切り抜き、ベターホーム協会が出した基本料理や婦人之友社から出た実際に習ったことのある本谷滋子さんの本など参考ししていますが、ネット検索も多いですね。朝日新聞社から出ていた新聞に毎日載っていた料理の本もイラストが安野光雅でしたが、もうバラバラになってしまいました。NHKのテキストをまとめた本や文化出版局から出された佐藤雅子さん、宮川敏子さんの本など・・・

私も若いころ見ていて思い出深いのが辰巳芳子さんが母、辰巳浜子さんの料理を伝える2冊です。

ゆずりうけた母の味 辰巳浜子料理帖より  

表紙は浜子さんが新婚旅行に着て行った縞のお着物で、ところどころに現れる挿絵は弟さんの描かれたものとか。辻嘉一氏の推薦の言葉に始まります。

はじめに「心から心へ、手から手へ」との芳子さんの書かれたページがあり、「母の料理の特長は、ものと向き合う時の、天性の感受性、加えて内的態度と深いかかわりがあったと思います。」と言う言葉で始まっています。

 

 

辰巳芳子が伝える母の味 てしおにかけた私の料理

この本はずいぶん昔から知っていたと思ったら、初版は昭和35年に出て、時代にそぐわなくなったものを芳子さんが改訂して復刻出版したものでした。芳子さんはこの本は作りたいところだけ見ず、一度は通読していただきたいとまえがきに書いていました。そうだ、読んでみようと初めて思いました。

辰巳芳子さんはスープで有名で妹は作っていたようですが、私はそこまで手が回っていませんでした。まず、私の母から受け継いだこの本をじっくり見てみようかと思います。

母は何とこの本で押し花を作っていました(笑)

 

料理に関しては主人の母や姉たちもすごくて、義理の母は10人の子どもを育てて、戦後、大連からも一人もかけずに子どもをつれて帰ったことが奇跡的な人でした。主人は高校生の頃父親を亡くして、母がずっと仕事をして姉・兄たちの協力もあり一家を支えていました。

波乱万丈の人生で今治市の旅館のお嬢さんで、一方主人の父の方も地方の名士の家柄でしたが、彼は決められた結婚に従わず、駆け落ちしてすべてを捨てたとのことでした。義理の父は繊維会社に勤めて、最後は難病の子ども(=主人)のために少しでも多く費用を得ようとエジプトに単身赴任して、綿花栽培の指導をしていましたが、現地で心臓発作で亡くなりました。

その一家のまだ主人が生まれる前の大連での暮らしが面白くて、主人が姉たちから聞いた話をまるで経験したことのように話してくれて、笑いすぎて涙を流しながら聞いたことがありました。ケーキも何ホールも作ったり、編物は子ども全部のものを編み、家では中国人の使用人が作る中華料理を覚えたようです。帰国してから家で作るカルピスの作り方をNHKの「今日の料理」で教えたことがあるとの話です。そういうわけで一番上の姉は栄養士で料理が上手でずいぶん教わりました。主人を優しく見守ってくれた関西に住む姉も料理が得意で東京のホテルでコンテストの決勝に出たこともありました。主人も食べることや作ることが大好きで、こんなに何でもおいしそうに食べる人を他には知りません。

話がそれましたが、食にまつわるエピソードをいろいろ思い出しました。主人の父親は食べる時の行儀作法にもすごくうるさかったとか。少し見習わなければいけませんね。

 

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温室の中は別世界 ・・・ another world

2021-01-17 23:47:47 | wonderland

小石川植物園の温室の紹介です。

寒い日の植物園は温室に入りたくなります。そこには季節のない花の世界が広がっています。

植物園の職員の方がキタミソウみつかりましたか?とわざわざ温室の前の池の所まで来て、一緒に探してくれました。その後珍しい花が咲いていると先ほど帰られた人が言ってましたよと、温室の中のめずらしい花を教えてくれました。

 

名札がなくて探してくれた紙には sia integrifolia と書かれていました。

 

ハランアナナス

 

 

 

ムニンタイトゴメ (ベンケイソウ科  小笠原)

 

ハナボウラン  (ネパール ~ 中国)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キンカチャ

 

 

 

 

 

 

 

ミッキーマウス・ツリーも健在でした。

 

今回の一番のお気に入り。 sterculia brevissima  (アオイ科   中国)

 

 

 

カイトウメン

 

 

日本庭園を通って帰路につきました。

小石川植物園の敷地は承応元(1652)年に館林藩下屋敷が設けられたところで、白山御殿と呼ばれ、幼い藩主松平徳松の居邸であった。 徳松が5代将軍綱吉となって後、貞享元(1684)年に、現在の南麻布にあった幕府の南薬園が廃止され、白山御殿の敷地の一部が新たに薬園とされて「小石川御薬園」と呼ばれるようになった。 8代将軍吉宗の享保6(1721)年に御薬園が御殿地全体に拡張され、面積約4万5千坪のほぼ現在の植物園の形となった。

日本庭園は白山御殿の頃の名残でしょうか・・・

 

 

播磨坂

 

かわいいウィンドウ・ディスプレイ

 

こんなところにドイツの時計を扱うお店が・・・

 

カフェで暖まりました。ちょっと疲れたみたい・・・

 

 

 

友人がやっとつながったLINEで写真を送ってくれました。

 

Jan. 15  2021   Koishikawa Botanical Garden

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春はどこから・・・ where does spring come from?

2021-01-16 23:25:30 | seasons

春はどこから来るかしら~

春はマンサクの花から、梅の香りの中から、水仙のファンファーレの中から、寒桜の花から・・

今日は最も冷え込んだ冬の一日となりましたが、銀行の用事を済ませてから、春を探しに小石川植物園に行ってみました。植物園でも「植物園関係者に新型コロナ感染の疑いが発生したため1月8日より臨時休園していましたが、PCR検査の結果、感染していないことが確認できましたので、今後も感染防止対策を行いながら13日より再開いたします」とホームページにお知らせが載っていました。

年賀状が来なくて心配だった友人もメールが来て、元気でいることがわかり、何年振りかでお会いしました。もう何年たったかも忘れてしまうくらい前が最後にお会いした時でした。40年以上も前の海外旅行で知り合った方で、お付き合いがずっと続きました。私も背が少し縮んだのですが、彼女も少し小さくなっていましたが、とても元気にヴォランティアをされていて活躍しています。この時期お会いするなら公園かどこかだと思っていたので、行く予定にしていた小石川植物園に一緒に行ってお話しました。

 

ソシンロウバイ

 

 

 

ロウバイ

 

 

 

 

 

 

 

温室の前の池のキタミソウが見たかったのだけど・・・

後から写真で確認したら、かすかに写っているのがそうだったのかしら・・・  花の直径2mmの小さな花です。

 

暖かい温室をひとまわりした後、温室の外のベンチでお弁当で持ってきたバインミーサンドと無花果とチョコレートのパウンドケーキを食べました。ポットに入れてきた暖かいミルクティーで。

今の時期だと後は梅しかないので、今までなかなか行けなかった日本庭園を回ることにしました。

 

ツバキ園のツバキもあまり咲いていません。 「紅唐子」

 

春曙光

 

寒桜

 

 

 

 

 

 

 

黒雲

 

 

甲州最小

 

 

 

静かな植物園。私たちの他に一組女性同士が来ていたほか、望遠のすごいカメラを持った男性が一人と、若い男の子が一人いただけでした。友人は若い男の子に二人の写真を撮ってもらおうと頼んでいて、何枚も撮ってくれて親切な子でした。研究者か学生のようでした。

シジュウカラの群れがいて、エナガもたくさん来ていました。マクロレンズだったし、光の具合もあり、うまく撮れませんでした。

 

証拠写真になっただけです・・

 

 

そしたら、なんと青いものが水面を飛んで行くではありませんか・・

このはるか先に止まって・・

拡大してもやっといるのがわかる程度・・・  入り口でも職員の人がカワセミが時どき来ますよと教えてくれました。

望遠レンズでも難しい距離ですが、今度は望遠レンズをつけてこようかと思いました。

 

 

ミツマタ

 

 

猫が目の前にそっと現れて、逃げて行ってはこちらを見て、追いかけて来てと言ってまるで遊んでいるようでした。

 

 

扇流し

 

 

甲州最小

 

寒い一日でしたが、ほのかにロウバイや梅の香りが流れて、気持ちのいい冷たさでした。

帰りにはやっぱり暖かいカフェに入ってコーヒーを飲んで帰りました。多分5年ぶりくらいに会った友人との思いがけない時間でした。彼女は20代の後半で知り合って、建設会社のアトリエで絵を描くきっかけを与えてくれた人です。そこから多くの人達に出会い、世界が広がりました。

 

Jan.15 2021 Koishikawa Botanical Garden

 

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2021年新年 星岡 ・・・ Hoshigaoka (Jan.2021)

2021-01-15 23:52:51 | dish

今月の星岡はぎりぎりまで迷って、前日申し込みやキャンセルもありと伺っていたので、前日に行くことと確定しました。やっぱりコロナの影響で不要不急の外出は避けるとできるだけ外に出ないようにとの要請もあり、土曜日のベルカントは気が進まなくて休みましたが、料理教室はデモを見て、いただくだけなので、お互いに話をしなければ少人数だしいいかなと思い、申し込みをしました。お正月らしさを味わいたいとの思いもありました。

 

1月の献立

前 菜  しらたき粉節

焼 物  宿かり焼

煮 物  鶏の治部煮

蒸 物  薯蕷蒸

酢 肴  わかめの果実酢

      鯛にゅうめん

甘 味  ぜんざい

 

 

 

治部煮の材料の説明。小巻湯葉とすだれ麩を使います。すだれ麩がなかなかおいしかったです。湯葉とか生麩はなかなか関東では準備しにくい材料です。

治部煮の材料と出来上がった宿かり焼。宿かり焼きは牡蠣と、長葱、豆腐の上に味噌をかけてオーブンで焼いたもの。牡蠣をからいりして水分を飛ばすのがポイント。

鯛にふり塩をして、少しおいて、水分を取り、お酒をかけてその上に、ほうれん草を茹でてから卵黄を混ぜたものを並べ卵白を泡立てたものを加えた大和芋のすりおろしをかけて蒸します。かぶら蒸しのようですが、また違った感じでおいしかったです。

冷凍しておいた巻ゆばを見せていただきました。(右上) ↑

 

わかめの果実酢はリンゴのすりおろしがメインの合せ酢につぶ貝の霜降りと玉ねぎ、ラディシュを和えたもの。他に胡瓜やキャベツなどが使えます。右上はにゅうめんの材料。

 

 

 

詞書] いはひの心をよめる

藤原基俊 

奥山のやつをのつはき君か代にいくたひかけをかへんとすらん
 
 

 

 

わかめの果実酢

しらたき粉節単純な料理ですが、おいしかったです。お酒や醤油、みりんの他にごま油を使っています。

宿かり焼 味噌は桜味噌、西京味噌、みりん、砂糖、当たり胡麻、卵黄を練ったもの

 

治部煮 大好きな料理の一つです。

薯蕷蒸  白身魚とほうれん草のうえに大和芋をかけて蒸します。

 

鯛にゅうめん  鯛は皮だけ炙り、焼き目をつけてから酒蒸し。

 

ぜんざい 上品な甘さでおいしかったです。

 

この日はいつもよりボリュームがあり、おなかがいっぱいになって、体重も増えていました。

他に男性の参加も珍しくあり、全部で5名と多い人数でした。顔なじみの方もいらして、黙って食べるのは苦痛だわと言っていただきました。食事は会話があって楽しくおいしいものなのにね。

 

丑年、年女の私としては「前進」の文字がうれしいです。

 

 

 

 

この日のコーディネイト

前日になってやっと着物も出して、お正月なので宝尽くしで帯は黒しか合わないかと思い、引っ張り出してきました。帯どめの独楽がこの時しかできないという思いで合わせました。Kさんからお母様の物をいただいたものです。

この黒の帯は西陣まいづるのものでお気に入りの一つです。結構何にでも合いそうです。ところが当日になってやっぱり白っぽい帯がしたくて変えてしまいました。

 

 

白い帯どめが目立たない帯になってしまいましたが、お会いした方から素敵な帯留ですねと褒めていただきました。象牙ですかと言われて、いただきものなのでよくわからないのですが、そのようですとお答えしました。

着付けに手間取ってしまい、3回も帯を結び直しました。これは博多織なのですが、薄くてペロンとしているので、結びやすいのですが、前結びで回した時にぐしゃっとなってしまい、2度目はどうも着物の丈が長すぎたので、物差しを入れて引き上げようとしたら、帯を崩してしまいました。おかげで遅刻してしまったのですが、練習にはなりました。めったに着ないと着方忘れています。やっぱり着なきゃだめだと思いました。

疲れましたが、お正月に和服はやっぱりしゃんとします。暖かくて和服日和でした。

 

 

Jan.14 2021  Asagaya

 
コメント (2)
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