碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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北海道新聞に書いた『組織ジャーナリズムの敗北』の書評、本日掲載

2008年05月25日 | メディアでのコメント・論評

北海道新聞書評欄 2008年5月25日(日)掲載

 『組織ジャーナリズムの敗北~続・NHKと朝日新聞』川崎泰資・柴田鉄治:著

  評:碓井広義(東京工科大教授・メディア論)

二〇〇五年一月、日本のリーディング・メディアであるNHKと朝日新聞が「大げんか」を始めた。天皇の戦争責任について考えた、〇一年放送のNHK「ETV2001・シリーズ戦争をどう裁くか」の第二回「問われる戦時性暴力」。その“改変”に政治家が関与していたと朝日が報じたのだ。きっかけは当事者による内部告発だった。

しかし、当の政治家もNHK本体も「介入」を全否定。内部告発は第三者による調査も行われないまま無視された。朝日側も途中から腰が引けた状態となり、結局は「取材の詰めの甘さ」を自省して幕を下してしまう。どちらも「組織ジャーナリズムのひ弱さ」を露呈する結果となったのだ。

本書は、この二つの組織のOBである著者たちが「NHKvs朝日」問題を再検証したものだ。丹念に資料を当たり、取材を重ね、実際に何が起きていたのか、どこに問題点があったのかを明確にしている。

驚くのは、NHK上層部が「政治家の意図を過剰に忖度」(東京高裁判決)し、意義ある番組を無残な形に作り替えていくその過程だ。密室でのやりとりには、サスペンスドラマのような緊迫感がある。一方、朝日が「ひるんだ理由」も列挙されている。「左翼偏向」と言われることへの過剰反応や取材資料流出問題などだ。さらに厳罰主義による「社内言論の封殺」という近年の傾向も指摘しており、両組織の危うい実態が見えてくる。

とはいえ、警鐘を鳴らす対象はNHKと朝日新聞に限らない。「タブーの拡大と、権力への迎合」は日本のメディアに共通した問題だからだ。本書全体から、ジャーナリズムの原点である「個の志」を「組織」がつぶしてはならないという著者の意志が伝わる。

テレビは新聞と違い、問題が起きても見返すことが困難だ。視聴者=国民が利用できる「番組の総合的閲覧システム」の必要性を強く感じる。

組織ジャーナリズムの敗北―続・NHKと朝日新聞
川崎 泰資,柴田 鉄治
岩波書店

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開高健『一言半句の戦場』と、銀座旭屋書店の消滅

2008年05月25日 | 本・新聞・雑誌・活字
びっくりした。旭屋書店が消えていた。銀座数寄屋橋そばの、あの旭屋書店だ。昨日(土)、久しぶりに寄ってみたら、まったく違う店になっていた。まるで浦島太郎だ。北海道の大学にいた6年の間にも、帰京したときには、ちょくちょく顔を出していたのに、閉店をまったく知らなかった。不覚。残念。閉まる前に、店内をゆっくり見て回りたかった。

銀座では、しばらく前に近藤書店&イエナが消えてしまった。学生時代から、銀座に行ったときは、ほぼ100%入っていた本屋さんだ。洋書をちゃんと読める語学力がなくっても、イエナの店内を歩き回り、洋書を手に取り、洋雑誌の表紙を眺めるだけで十分満足だった。梶井基次郎『檸檬』の主人公と丸善の関係じゃないけれど、イエナには、自分を刺激するまぎれもない「文化」(の香り)があった。

近藤書店も、2階の品揃えが好きだった。美術、映画、写真などのジャンルも充実。必ず収穫があった。それなのに、1,2階の近藤、3階のイエナが一緒に消滅してしまった。私にとっての銀座は、随分寂しくなった。「でも、まだ旭屋がある、教文館がある、文具の伊東屋もある」などと自分を慰めたものだ。まったく効き目はなかったが。

庄司薫さんの『赤頭巾ちゃん気をつけて』を読んだのは1969年、中学3年生のときだ。この芥川賞受賞作の終盤、大事な場面で登場するのが銀座旭屋だった。地方の中学生にとって、「東京・銀座・旭屋書店」は想像するしかなく、いつかは行ってみたい憧れの場所となった。
赤頭巾ちゃん気をつけて (中公文庫)
庄司 薫
中央公論新社

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上京して以降、銀座まで行って、立ち寄らないことはほとんどなかった。その銀座旭屋が無くなってしまった。今の銀座には、ヴィトンだろうがブルガリだろうが、思いつく限りの有名ブランド店がある。それなのに、今の銀座にはイエナも近藤書店も旭屋もないのだ。「いいんかい、それで!」と声に出すわけにもいかず、しばらく舗道に立っていた。雨が降りはじめた。仕方がないので、伊東屋と教文館を目指して4丁目交差点方向へ歩き出した。

伊東屋で、ファーバーカステルのシャープペンシルとマルマンのスケッチブック50周年記念グッズなどを買った。教文館では、故・開高健さんの新刊(!)である『一言半句の戦場』を手に入れた。これで少し元気が出た。家まで帰るエネルギーを2つの店でもらい、地下鉄の駅へと向かった。

一言半句の戦場 -もっと、書いた!もっと、しゃべった!
開高 健
集英社

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