宮城県東松山市立鳴瀬第二中学校は
地震と津波で壊滅的な被害を受け、
その後生徒たちは、母校に二度と足を踏み入れることなく廃校になった。
今生徒たちは、統廃合された新しい中学校で学んでいる。
今回学んだ実践は、
震災発生のその年から廃校に至るまでの
運動会を通じ、子どもたちの苦悩に心を寄せたある教師の実践である。
震災後5か月目に運動会が開かれる
先生や子どもたちが
“何のために運動会をするのか”
“どんな運動会にするのか”
を
真剣に話し合いとりくみを進め、子どもたちの創意を生かした取り組みで成功させた。
その後の子どもたちの感想文の根底に込められたものを
制野先生は、一人ひとり丹念に読み取っていく
聖火リレーについて
「聖火リレーは僕に期待を持たせてくれた。誰かがすぐ後ろにいるようなそんな感覚になりました」
聖火リレーのための採火
「火がついたときはなぜか自然に拍手していた」
「聖火リレーを繋いでいくシーンで、震災でつらかったこと、避難所での生活を思いだし感極まってしまった。でも震災で亡くなった3人と一緒にリレーできなかったことが残念」
「聖火の火は津波の犠牲者と私たちの希望の炎、希望の光なんだ、運動会に意味があるんだ」
「聖火から立ち上る煙を見て、死んでしまった人々、鳴瀬二中の子どもだった人達の供養になっているのかなあ」
地区対抗リレーとオールメンバーリレーでは
「走っているときに震災の火が頭に浮かんだ。野蒜の中でも被害が大きかった地域、その地区のみんなでつないだ競技。1位でゴールしてうれしかった。消えていた光がともったような運動会だった」
紙ひこうきを飛ばした場面では
「一人一人の希望の乗った紙ひこうき。一人一人どんな想いで飛ばしたのか。僕が紙ひこうきを飛ばす時に考えていたのは『今できる事を少しずつやっていこう』ということ」
「紙ひこうきは地面に落ちたけれど、それぞれの想いは上へ上へ遠くまで飛んで行ったと思います。そのひこうきはきれいに自分色になっていたと思います」
制野先生は、こうした子どもたちの感想文から
一人一人に想いを馳せ
一人一人の子どもたちの心の中にある苦しみを理解し
その苦しみに寄り添う教育実践をしているのです。
震災から1年後 市教委は、鳴瀬第二中学校の廃校を決めます。
そのことについて、地域の住民や子どもたちからの意見の聴衆も不十分なまま
統廃合ありきの決定が下されていきました。
最後まで、地域住民や子供たちの想いを代弁し反対の論陣を張ったのは中学校の教職員でした。
報告を聞きながら
震災と津波で家族を失った子どもたちから
間をおかず母校まで奪う仕打ちがなぜできるのかと
憤りを禁じえませんでした。
遅ればせながら
この夏仙台市で行われた自治体学校で知ったことを報告しています
地震と津波で壊滅的な被害を受け、
その後生徒たちは、母校に二度と足を踏み入れることなく廃校になった。
今生徒たちは、統廃合された新しい中学校で学んでいる。
今回学んだ実践は、
震災発生のその年から廃校に至るまでの
運動会を通じ、子どもたちの苦悩に心を寄せたある教師の実践である。
震災後5か月目に運動会が開かれる
先生や子どもたちが
“何のために運動会をするのか”
“どんな運動会にするのか”
を
真剣に話し合いとりくみを進め、子どもたちの創意を生かした取り組みで成功させた。
その後の子どもたちの感想文の根底に込められたものを
制野先生は、一人ひとり丹念に読み取っていく
聖火リレーについて
「聖火リレーは僕に期待を持たせてくれた。誰かがすぐ後ろにいるようなそんな感覚になりました」
聖火リレーのための採火
「火がついたときはなぜか自然に拍手していた」
「聖火リレーを繋いでいくシーンで、震災でつらかったこと、避難所での生活を思いだし感極まってしまった。でも震災で亡くなった3人と一緒にリレーできなかったことが残念」
「聖火の火は津波の犠牲者と私たちの希望の炎、希望の光なんだ、運動会に意味があるんだ」
「聖火から立ち上る煙を見て、死んでしまった人々、鳴瀬二中の子どもだった人達の供養になっているのかなあ」
地区対抗リレーとオールメンバーリレーでは
「走っているときに震災の火が頭に浮かんだ。野蒜の中でも被害が大きかった地域、その地区のみんなでつないだ競技。1位でゴールしてうれしかった。消えていた光がともったような運動会だった」
紙ひこうきを飛ばした場面では
「一人一人の希望の乗った紙ひこうき。一人一人どんな想いで飛ばしたのか。僕が紙ひこうきを飛ばす時に考えていたのは『今できる事を少しずつやっていこう』ということ」
「紙ひこうきは地面に落ちたけれど、それぞれの想いは上へ上へ遠くまで飛んで行ったと思います。そのひこうきはきれいに自分色になっていたと思います」
制野先生は、こうした子どもたちの感想文から
一人一人に想いを馳せ
一人一人の子どもたちの心の中にある苦しみを理解し
その苦しみに寄り添う教育実践をしているのです。
震災から1年後 市教委は、鳴瀬第二中学校の廃校を決めます。
そのことについて、地域の住民や子どもたちからの意見の聴衆も不十分なまま
統廃合ありきの決定が下されていきました。
最後まで、地域住民や子供たちの想いを代弁し反対の論陣を張ったのは中学校の教職員でした。
報告を聞きながら
震災と津波で家族を失った子どもたちから
間をおかず母校まで奪う仕打ちがなぜできるのかと
憤りを禁じえませんでした。
遅ればせながら
この夏仙台市で行われた自治体学校で知ったことを報告しています