議会人事が終わって
今更ながら そのあり方を振り返り以下報告です。
今議会は、改選後3年目に入る折り返し点なので、当市議会の慣例で、議会人事の改選が行われました。
民主的な人事配分へ議席数に応じたドント方式を提案
日本共産党は、保延代表が
人事は市民の投票行動に添った議席数によって、単純なドント方式
を採用するよう議長に申し出ました。
議長以下すべての役職を書き出し、議席の多い順に、一人の会派も含めて選択していく方式が最も平等な方法だと考えたからです。
しかし、議長(当時)からは、役職ごとのドント方式が提示され、
少数会派は、何の役職にも就くことが出来ず、公平ではないと
共産党はこれを拒否。
共産党が要求していた昭和病院組合議会や、後期高齢者医療組合議会に応じるとの働きかけもありましたが、たとえそれが取れなくても、筋を通すべきと考えました。
議長をとるより採決の優位を選択
これに先立ち、良くする会から議長選挙を共産党の保延議員でどうだという提案がされました。
しかし、自公を市長に絶対否やを言わない与党と見たとき、与党12人、
その他の柔軟に考えられる会派12人と言う構図で
議長をとれば、採決の際、必ず負ける構図が初めから作られ、
市民の利益を考えたとき、議長をとるメリットはないと考え、これは断りました。
その後、良くする会から奥谷議員を議長候補、保延議員を副議長候補とする第2案が提案されました。採決の際には負ける構図を作ることについての考え方は不明のまま、統一候補としました。
一人会派を含めた検討を申し入れ
日本共産党は、少なくとも野党側として、一人会派を含めた人事を考え、多くの会派に役職が渡るよう共闘しようと、良くする会、変ろう議会(当時)、みんなの党、新生保守の会に呼びかけました。
しかし、佐藤議員が独自に議長選挙に立候補(正式な制度ではありません)することを表明したため、ある会派から否という意見が出て、共闘は実現しませんでした。
このことは、一人会派の責任でなかったことははっきりしています。
私・福田かづこは、議長選と他の人事は別に考え共同するべきであったと今でも考えています。
議会改革では、一人会派も代表者会議に参加すさせるべきと、侃々諤々議論してきたのに、実際の議会人事では、それにこだわった会派から、排除の論理が出てきたことに疑問を感じると共に、
そこに身をおくことになったわが身に対し、自己嫌悪を感じているところです。
3日、人事決定まで、様々な紆余曲折があり、最終的に人事が確定したのが午後5時過ぎ。市長の所信表明が始まったのが6時を過ぎていました。
議会人事は、
選挙のときに名乗った会派名で
一人会派の権利も認め
ドンと方式で行うべき
と、改めて私の意見を表明し、今後の議論の中で、民主的な人事が行われるような議会作りに取り組む決意です。
他の会派議員からの不信感を感じとりながら・・・