内的自己対話-川の畔のささめごと

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現代生物学の知見からのシモンドン批判 ― シモンドン研究を読む(8)

2016-09-09 13:55:57 | 哲学

 シモンドンの個体化論の諸テーゼの中で生物学の立場から受け入れられる主張と受け入れがたい主張とをファゴ=ラルジョ教授は区別する。
 個体化された有機体は、個体化(過程)の一側面でしかない。個体性は、機能的に規定されるものであり、存在のシステムの内部での形成情報の現れ方として理解されなくてはならない。ここまではシモンドンの主張に生物学者として同意できると教授は言う。
 しかし、存在のそれ自身に対する位相差、共鳴による形の現出、その形の環境内での伝播などの考えは、生物学ではほとんど使いものにならない。生物学で支配的なのは、生きた系統・血統を通じて書き写され、転送される「プログラム」としての遺伝情報テキストというイメージである。
 そもそも、生きた持続的な系統・血統という概念は、不思議なほどシモンドンの思想の中で軽視されている。シモンドンは、個体化された遺伝的形態構成の個体化能力を過小評価してもいる。
 有機体の生成は、個体化された存在である親の世代から新しく個体化される子の世代へと遺伝情報が伝達される結果として成立するのであって、情報自身が勝手に生成するのではない。新しい個体存在の唯一性は、ある血統の中に保存されている遺伝情報のストックの中から取り出された有意なユニット間の再配列のされ方の唯一性に因る。
 現代の生物学は、十八世紀末のフランスの解剖学者・生物学者ビシャ(1771-1802)が直観していたことに分子レベルで確証を与えた。ビシャは、生物は己の物質的組成を絶えず更新しながら己の構成形態を保持する、と考えたのである。DNAの帯を形成している物質的諸要素は絶えず更新され、DNAは絶えず修復を続けている。この物質的諸要素の流れを通じて、同じ遺伝情報が複写される。生物個体の総遺伝情報は、その有機体を構成しているすべての細胞に同じように実在しており、その状態は、「準安定的」というよりも、むしろ安定的である。
 これらの現代生物学の知見は、シモンドンが執拗に批判を繰り返している質料形相論をすでに乗り越えられた仮説として性急に拒絶しないようにと私たちを導く。