先月、私にとってどうしても買わないわけにはいかない新刊が二つあった。
やっとというか、ついにというか、訳者の長年の労苦がやっと実を結んで、長年待望されていた丸山眞男『日本政治思想史研究』完全訳が Les Belles Lettres 社から出版された。総頁数五三〇頁の大著。本書は、原書の翻訳に加えて、パリ第二大学教授ジェラルディーヌ・ミュルマンの序文、訳者前書き、訳者注、訳者自身による重要語解説、日中韓の重要語・人名索引からなっている。それで 25€ という実に良心的な価格。
原書の第一章「近世儒教の発展における徂徠学の特質並にその国学との関連」は、一九九六年にPUFから同じ訳者によって出版されたのだが、その続巻がいつまでたっても出版されず、いつしかこのPUF版も絶版になってしまい、古書市場で 100€ 以上の高値が付けられるようになっていた。今回の完全版ではその既訳部分も改訂されている。
フランス日本学にとって記念すべきこの出版は、これまで仏語圏で度外れに遅滞していた丸山研究に弾みをつけてくれることだろう。
もう一つの注目すべき出版は、ガリマール社の « Bibliothèque de la Pléiade » 叢書の『キルケゴール著作集』(二巻)である。こちらは 125€ とお高めだが、発売開始日に FNAC で美装箱入り版を5パーセント引きで購入した。
ガリマール社からプレイヤード叢書について新刊情報冊子 La lecture de La Pléiade が隔月刊で送られてくるのだが、その二・三月号に『キルケゴール著作集』の紹介記事と抜粋が見開き二頁で掲載されている。その紹介記事の最後の段落に、スイスの作家・哲学者 ドニ・ド・ルージュモン Denis de Rougemont(1906-1985)が全体主義の台頭しつつあった一九三四年にキルケゴールを評した言葉が引用されている。
Le penseur capital de notre époque, nous voulons dire : l’objection la plus absolue, la plus fondamental qui lui soit faite, une figure littéralement gênante, un rappel presque insupportable à la présence dans ce temps de l’éternel.
このルージュモンの記事のタイトルは « Nécessité de Kierkegaard » となっている。単独者として絶対的・根本的な「否」をその存在そのものによって時代に突きつけ、時間における永遠性の現在を訴えるキルケゴールを、私たちの生きる現代もまた必要としているのではないだろうか。