内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

大英博物館での書物の森のフィールドワーク

2018-06-15 23:12:39 | 読游摘録

 熊楠の行動様式もまた極端である。
 アメリカとキューバでは、それこそ命がけでフィールドワークを行っていたのに対して、ロンドンでは、行動半径は大英博物館を中心としたきわめて狭い範囲に限られ、その中で古今東西の書籍の渉猟と筆写に明け暮れている。特に、誰でも無料で自由に入館できた大英博物館の円形閲覧室が熊楠の「居場所」であった。
 熊楠にとって、野外のフィールドワークも室内の資料探索も、根本的には同じ精神活動であった。いずれの場合も、対象に入り込み、それと一体となり、そこから世界を「内側」から見ることであった。
 熊楠がロンドン時代に書き写したノート「ロンドン抜書」は、五十二冊、各冊二百五十~二百七十頁、計一万数千頁に及ぶ。その全貌は今日もまだ明らかになっていない。
 ロンドンから帰国して十四年後、熊楠は、柳田國男宛の書簡の中で、この「ロンドン抜書」を和訳して、国の機関などに保存することはできないかと尋ねている。しかし、それは今日まで実現することなく、「抜書」は今も直筆のまま残されている。