内的自己対話-川の畔のささめごと

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インド仏教における空(二)龍樹における空と縁起の統一的把握 ― 立川武蔵『空の思想史 原始仏教から日本近代へ』を道案内として(その六)

2019-10-19 23:59:59 | 哲学

 第5章「インド仏教における空(二)― 初期大乗仏教」の「2 竜樹における空と縁起」から、龍樹が八宗の祖といわれる理由がよくわかる箇所を摘録する。

 竜樹の思想は、世界の空であることを独自の論理によって突き詰めるとともに、元来別の起源を持つ思想である縁起(あらゆるものやことが互いに依ってあるという考え方)と空とを結びつけることによって、徹底した空(否定)の世界でありつつ、あらゆる存在を動的なまま受け入れ得る、特異な世界を作り出す容器となった。

 空の思想は基本的には、俗なるものとしての煩悩などが否定されて聖なるものとしての空性に至るヴェクトルに焦点が合っており、縁起説とは基本的には、聖なるものから俗なるものへ至るヴェクトルつまり聖なるものが力を与えて俗なるものを許すというポジティブなヴェクトルに焦点が合っている。つまり空に至った後よみがえってきた世界は縁起の世界である。ここでは言葉あるいは世界はその存在が許されている。

 竜樹の偉大さは、このように肯定的な側面と否定的な側面を統一したところにある。この考え方は後世、チベット、中国、日本と受け継がれていった。仏教がインドを出て各地域の文化と交流しつつ他の地域の仏教となる際に、この容器の柔軟性、内容の豊富さは大きな魅力、大きな武器となったであろう。[…]彼は否定的契機としての空のみを主張するのではなく、救済への幅広い可能性、つまりものが成立してくる局面を考えた。