内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「現代日本の如き低劣滑稽なる政治の行われしこといまだかつて一たびもその例なかりしなり」― 永井荷風『断腸亭日乗』昭和十八年六月二十五日の記事より

2021-05-15 10:12:39 | 読游摘録

 柳田國男の『火の昔』についてもう一つ記しておきたいことは、その本文についてではなく、池内紀による新版解説に引用されている永井荷風の『断腸亭日乗』昭和十八年六月二十五日の一節についてである。

歴史ありて以来種々野蛮なる国家の存在せしことありしかど、現代日本の如き低劣滑稽なる政治の行われしこといまだかつて一たびもその例なかりしなり。かくの如き国家と政府の行末はいかになるべきや。

 同年四月十八日、連合艦隊司令長官山本五十六大将が最前線を視察飛行中に敵機の攻撃を受けて、機上にて戦死をとげる。山本長官戦死の大本営発表は五月二十一日。その九日後、大本営報道部は、アッツ島守備隊玉砕の悲報を伝える。この頃、中学校の廊下の壁などに陸軍からの勧誘ポスターが「愛国の熱血少年よ、来たれ」の呼び掛けとともに貼り出されるようになる。五月、薪や木炭が配給制となる。六月、衣料簡素化のため、厚生省が「国民服制式特例」を官報にて公布。六月二十五日、「学徒戦時動員体制確立要綱」が決定される。七月、大日本出版報国団結成。
 当時は夢想だにできなかった物質的豊かさと高度な科学技術の恩恵に浴している現代の私たちは、荷風が「低劣滑稽」と断じた当時の政治に比べれば、今日の日本の政治は、いくらかでもその低劣滑稽の度が軽減されていると自信を持って言えるだろうか。