朝方、庭の片隅に残っていたひとかけらの雪が、午後には融けてなくなっていた。
これで家の周りの雪はすべて消えて、冬の名残りは無くなった。
雪に代わって、庭や畑には小さな草の芽が、一斉に顔を出している。
暖かい日が続いているので、草の伸びる勢いも加速して、瞬く間に地面を覆ってしまう。
雪との戦いが終わると、雑草たちが次々に挑んでくる。
辺りが春の装いに変わっていくと、田畑の準備や雪囲いを外したり、雪でいたんだ建物の補修などをする人たちの姿も増えていく。
近所の老夫婦も、牛小屋の屋根に張ってあるビニールシートの交換をしていた。
雪の重みと風で破れるで、度々張り替えているのを見かける。
雨漏りすると牛の健康にも良くないし、飼料などが濡れてカビの原因にもなる。
杉丸太で組んだ手作りの小屋は、10年以上経っているが、まだ骨組みはしっかりしているようだ。
大きい屋根を、たわみ無く張っていくのは大変な作業で、二人の息が合わないと上手くいかない。
おばあさんは下でシートの端を引っ張り、おじいさんが風にあおられない様に留めていく。
二人とも杖を突いて歩いているのに、屋根の上の動きが軽快なのが不思議でならない。
少し手伝ったが、丸太はたわみ揺れるので、足がすくんでしまった。
ここに来た時は、5軒の家が牛を飼っていたが、今は2軒に減ってしまった。
飛騨牛の繁殖農家は、仔牛を10ヶ月ほど育てて肥育農家や市場へ出荷しているが、年中無休の厳しい仕事を若い人が引き継ぐことは少ない。
高齢者によって、辛くも支えられている飛騨牛の飼育も、夫婦の一方が動けなくなれば止めざるを得ない。
過疎の山里には、引き継がれることも無く消えていく生業が、他にもたくさんある。