
実に縁起のいい店名だ。
七つの福。想像もつかない。
それはどんな至福なんだろう。
怪鳥が贔屓にする食堂。
その外見はいかにもという雰囲気を醸す。白い暖簾に染め上げられた「実用洋食」の文字。
これだけで気合いがみなぎってくる。
聞いたこともない言葉。実用的な洋食とは一体何を言うのだろう。
アルミサッシの向こう側は想像通り、古き良き食堂。
タイルの床に年代物のテーブル、パイプ椅子のような真っ青な椅子。テーブルには醤油さし、割り箸入れなどいかにも食堂というような調味料がそれらしく並び、洒落っ気は何一つない。
テレビが夜のバラエティを映し、仕事帰りのサラリーマンは疲れた顔でそれを眺めている。いかにも。
いかにも。ありふれた街の食堂である。いや、かつてそれはありふれていたというべきか。
今や、まさに絶滅食堂といったあんばいだが、この雰囲気だけで、この店がいかにも優れているかが分かる。
メニューが豊富でしかも料金設定が安い。
黒地のセルロイド版に白いペンで書かれた手書きのメニューには、びっしりと料理が書きこまれている。
店の看板であるとんかつから、揚げ物、そして中華ものまで。
ボクらは、瓶ビールを飲みながら、何をオーダーするか思案した。だが、ボクは頼むべきものを瞬時に見つけていた。ご飯ものがある店に入るとボクは目ざとくなる。
「ミックスフライ」(590円)。
そして怪鳥は「ハムエッグ」(400円)。
しばらくして、料理が運ばれてきたときは、ボクはまた驚きの声をあげた。
「ミックスフライ」のボリュームに驚嘆を飛び越えて呆れ果ててしまった。海老、イカ、アジにコロッケ、ハムカツも見える。品数だけじゃなく、その身の大きさにも圧倒された。
この店すごい。
その瞬間、ボクは急いでライスをオーダーした。ボクは元来、家飲みの時はご飯を食べながら酒を飲む。ビールだろうと日本酒だろうと、ご飯は必須だ。
これだけの揚げ物を目の前にすると、どうしてもご飯が欲しくなる。
ハフハフと熱々の揚げ物を口にしているとき、「七福」の座右の銘ともいえる「実用洋食」の意味がなんとなく分かった気がした。
お客を満足させるために、おいしさはもちろん、安価でボリュームのあるものを提供するという矜持があるのではないだろうか。それは、見た目がたとえ良くても、お腹を満たすものでなければ意味がなく、お客の満足を満たす、あくまでも実用的な、或いは実践的な洋食に徹するという宣言なのだと。
「ハムエッグ」も昔ながらの古き良き時代のそれ。
実用洋食はほどよく酒に合う。
瓶ビールを飲みほし「サワー」に。ここは居酒屋とは違うので、酒の種類は少ない。ビールと酒、そしてサワーのみだ。
サワーは柑橘系のエキスが入っており、爽やかで飲み口がいい。多分、この場で飲むからおいしいのだろう。同じものを家で飲んだら、あまりおいしく感じないかもしれない。
21時前になり、ラストオーダーの声がかかった。そう、居酒屋ではないので、夜は早いのだ。
ボクらは〆に「焼きそば」の柔麺と3杯目のサワーを注文した。
「焼きそば」もダントツにおいしかった。これだけ食べて飲んだのに勘定は5,000円にも届かなかった。
満足度120%。実用性120%。
はかり知れない満足感には7つの福が含まれているのだろう。
「実用定食」という言葉に、都会的礼賛洋食への強いアンチテーゼを感じた夜だった。
しかし、店舗が新しくなると、あの雰囲気がなくなるのかなという危惧はしています。
再開したらまた行きましょう。
怪鳥、是非行きましょう。
このお店は、ファンを失望させませんよ。