トヨタテクノミュージアムを後にする際に、駅までの道のりを教えてくれた受付嬢の優しい声が頭の中に響き渡っていた。日曜日の正午過ぎ。2月の陽光はまだ弱々しく、乾いた風がわたしの体を吹き抜けていく。
眼前にはツインタワー。その双塔を目指して歩けば「名古屋駅に行く」のだとういう。わたしは、黙々と歩いた。
腹が減っている、というより、むしろ喉が渇いていた。なにしろ、土日に出張したものだから、わたしは、精神的に疲れ切っていた。しかも、1このところ、わたしは4週連続で土曜出勤をこなしていた。だから、ただただわたしは、早く仕事から解放され、どこか手頃な酒場で冷たいビールを流し込みたい一心で駅へ急いでいたのである。
だが、開いている酒場など、どこにも見当たらなかった。無理もない。今日は日曜日なのだから。
駅の東口に見切りをつけ、西口に出てみると、強烈な既視感が甦ってきた。そう、あの日もわたしは酒場を探してふらふらと歩き回っていたのだった。
確か、この界隈には酒場はなかったのである。そうして、わたしは仕方なく線路沿いを北上し、「世界の山ちゃん」に辿り着いたのだ。あの日とまた、わたしは同じ過ちを繰り返そうとしている。
そこで、わたしは、商店街を向こうまで歩いてみることにした。そうやって、15分ほどかけて、商店街を端まで歩いたが、酒場は一軒も存在しなかった。今度は1本路地に入って折り返してみた。まったくもって酒場のある雰囲気ではなかった。
いよいよ駅に近づき、振り出しに戻ると思われた頃、意外なことに酒場は見つかった。
とても、酒場らしくは見えないが、店頭の看板に「居酒屋」と手書きしてある。それがなければ、汚い喫茶店のようだ。また、ドアの前に、これまた手書きで「名古屋新名物『牛タンチャーハン』」とある。それらが雑然と置かれているものだから、決して店はきれいとは言えない。
そうはいいながらも贅沢は言えない身分なので、入ってみることにした。
ドアを押して中に入った。店は鰻の寝床のように長い。カウンターだけの空間だった。お客は若い女性が一人。食器とスプーンの当たる音が忙しなくしている。どうやら例の牛タンチャーハンとやらを食べているようだ。
わたしは、ドアの手前側の椅子に腰掛けて、目の前の厨房で仕事をする若い男に「生ビール」を注文した。
若い男はまだ20歳代と思われ、一人で店をきりもりしているようだった。色が白くて、おしゃれな帽子を被っている。一見すると美容師かと思わせる風貌だった。
わたしの前に生ビールが置かれる頃、先客の女性はお勘定を支払って、店を出て行った。
客はわたしひとりになった。
生ビールを飲んでみた。
サントリー、プレミアムモルツ。
ビールはよく冷えており、注ぎ方もまずまず上手だった。
一口飲んで生き返った気分になった。日曜日の朝8時から仕事をしたことなんて吹っ飛んでしまうくらい、心地よいビールだった。
とにかく五臓六腑に沁みわたるうまさ。しんと冷たい麦汁が胃袋に落ちてひやりとさせる。その途端、胃袋は思い出しかのように、活動を始めるのだった。
わたしは咄嗟に「すぐ出てくるものをください」と男に言った。
男は冷蔵庫からタッパーを出してきて、「これはどうですか?」とわたしに差し出した。
それは、蓮根の煮物だった。
箸でつまんで一口食べてみた。
「うまい」。
思わず口をついて出た。
作りおきの酒肴ではあるが、悪くない。
一息ついて店内の周囲を見渡してみた。
カウンター奥背後の壁には、大きなボブ・マーリィの絵。ラスタカラーに大麻の葉が描かれている。店のドアの横はサッカーアルゼンチン代表のメッシのポスター。厨房の戸棚にはラップのライブ告知のチラシが貼られている。
掲示物に一貫性は見られない。
「ボブ・マーリィ、好きなんですか」
わたしが男に尋ねると、男は少し口に笑みを浮かべて、「店長の趣味です」と言った。
話しは、そこで途切れてしまった。
次にわたしは「タイロン・ウッズが来るんですか」と訊いた。
店を見渡しているとき、ボトルキープの焼酎にマジックで書かれたドラゴンズの主砲の名前が書かれているのを発見したからだ。
「あれは、違いますよ。普通のお客さんです」。
そうだろうな。ウッズが片仮名で名前を書けるわけがない。
生ビールをお代わりしていると、2人の学生風の男達が入ってきて、「牛タンチャーハン」を頼んだ。
しかし、この「牛タンチャーハン」とは一体なんだろう。
店頭には、「名古屋の新名物」などと書いてあったが。
言うまでもなく、「牛タン」は杜の都仙台の名物だ。だが、それもBSEの影響で多くの小売店、専門店が姿を消したという。そんな逆風が吹く牛タンを何故に名物としようとしているのだろう。
百聞は一見にしかず。
わたしも、頼んでみた。
ついでに、ビールが空になったので、焼酎を貰うことにした。カウンター席の上には焼酎の銘柄が書かれた短冊がいっぱい掲げられていたからだ。
男に「お薦めの芋焼酎は?」と訊ねると、彼は満面の笑顔を浮かべて、「薩摩の風」と力を込めて言った。
よく、「お薦めは?」と訊ねて困った顔をする居酒屋の店員がいるけれど、こうして間髪入れずにお薦めを挙げられると実に気持ちがいい。それだけ、お酒が好きな証であるし、しっかり研究も怠っていないのだろう。
やがて、「牛タンチャーハン」と共にロックの焼酎が運ばれてきた。
「牛タンチャーハン」は黄金色というよりは、少し茶色がかった焼き飯だった。そこに細切れの牛タンがまぶされている。まずくはないが、とびっきりおいしい、というわけでもない。これで550円なのだから安いというべきだろう。
一方の「薩摩の風」はやや不満があった。辛くて、たしかに鮮烈なおいしさはあったが、問題は量である。
球の氷がぴったりグラスにはまっており、見栄えはいいが、他店と比べて確実に量は入っていない。案の定、すぐ飲み干してしまった。物足りない気持ちが残った。
ともあれ、熱々のチャーハンを焼酎で食べる、というランチは至極のものである。店のBGMはいつしかサンボマスターの絶叫に変わっている。これもひとつの愛なのかもしれない。
眼前にはツインタワー。その双塔を目指して歩けば「名古屋駅に行く」のだとういう。わたしは、黙々と歩いた。
腹が減っている、というより、むしろ喉が渇いていた。なにしろ、土日に出張したものだから、わたしは、精神的に疲れ切っていた。しかも、1このところ、わたしは4週連続で土曜出勤をこなしていた。だから、ただただわたしは、早く仕事から解放され、どこか手頃な酒場で冷たいビールを流し込みたい一心で駅へ急いでいたのである。
だが、開いている酒場など、どこにも見当たらなかった。無理もない。今日は日曜日なのだから。
駅の東口に見切りをつけ、西口に出てみると、強烈な既視感が甦ってきた。そう、あの日もわたしは酒場を探してふらふらと歩き回っていたのだった。
確か、この界隈には酒場はなかったのである。そうして、わたしは仕方なく線路沿いを北上し、「世界の山ちゃん」に辿り着いたのだ。あの日とまた、わたしは同じ過ちを繰り返そうとしている。
そこで、わたしは、商店街を向こうまで歩いてみることにした。そうやって、15分ほどかけて、商店街を端まで歩いたが、酒場は一軒も存在しなかった。今度は1本路地に入って折り返してみた。まったくもって酒場のある雰囲気ではなかった。
いよいよ駅に近づき、振り出しに戻ると思われた頃、意外なことに酒場は見つかった。
とても、酒場らしくは見えないが、店頭の看板に「居酒屋」と手書きしてある。それがなければ、汚い喫茶店のようだ。また、ドアの前に、これまた手書きで「名古屋新名物『牛タンチャーハン』」とある。それらが雑然と置かれているものだから、決して店はきれいとは言えない。
そうはいいながらも贅沢は言えない身分なので、入ってみることにした。
ドアを押して中に入った。店は鰻の寝床のように長い。カウンターだけの空間だった。お客は若い女性が一人。食器とスプーンの当たる音が忙しなくしている。どうやら例の牛タンチャーハンとやらを食べているようだ。
わたしは、ドアの手前側の椅子に腰掛けて、目の前の厨房で仕事をする若い男に「生ビール」を注文した。
若い男はまだ20歳代と思われ、一人で店をきりもりしているようだった。色が白くて、おしゃれな帽子を被っている。一見すると美容師かと思わせる風貌だった。
わたしの前に生ビールが置かれる頃、先客の女性はお勘定を支払って、店を出て行った。
客はわたしひとりになった。
生ビールを飲んでみた。
サントリー、プレミアムモルツ。
ビールはよく冷えており、注ぎ方もまずまず上手だった。
一口飲んで生き返った気分になった。日曜日の朝8時から仕事をしたことなんて吹っ飛んでしまうくらい、心地よいビールだった。
とにかく五臓六腑に沁みわたるうまさ。しんと冷たい麦汁が胃袋に落ちてひやりとさせる。その途端、胃袋は思い出しかのように、活動を始めるのだった。
わたしは咄嗟に「すぐ出てくるものをください」と男に言った。
男は冷蔵庫からタッパーを出してきて、「これはどうですか?」とわたしに差し出した。
それは、蓮根の煮物だった。
箸でつまんで一口食べてみた。
「うまい」。
思わず口をついて出た。
作りおきの酒肴ではあるが、悪くない。
一息ついて店内の周囲を見渡してみた。
カウンター奥背後の壁には、大きなボブ・マーリィの絵。ラスタカラーに大麻の葉が描かれている。店のドアの横はサッカーアルゼンチン代表のメッシのポスター。厨房の戸棚にはラップのライブ告知のチラシが貼られている。
掲示物に一貫性は見られない。
「ボブ・マーリィ、好きなんですか」
わたしが男に尋ねると、男は少し口に笑みを浮かべて、「店長の趣味です」と言った。
話しは、そこで途切れてしまった。
次にわたしは「タイロン・ウッズが来るんですか」と訊いた。
店を見渡しているとき、ボトルキープの焼酎にマジックで書かれたドラゴンズの主砲の名前が書かれているのを発見したからだ。
「あれは、違いますよ。普通のお客さんです」。
そうだろうな。ウッズが片仮名で名前を書けるわけがない。
生ビールをお代わりしていると、2人の学生風の男達が入ってきて、「牛タンチャーハン」を頼んだ。
しかし、この「牛タンチャーハン」とは一体なんだろう。
店頭には、「名古屋の新名物」などと書いてあったが。
言うまでもなく、「牛タン」は杜の都仙台の名物だ。だが、それもBSEの影響で多くの小売店、専門店が姿を消したという。そんな逆風が吹く牛タンを何故に名物としようとしているのだろう。
百聞は一見にしかず。
わたしも、頼んでみた。
ついでに、ビールが空になったので、焼酎を貰うことにした。カウンター席の上には焼酎の銘柄が書かれた短冊がいっぱい掲げられていたからだ。
男に「お薦めの芋焼酎は?」と訊ねると、彼は満面の笑顔を浮かべて、「薩摩の風」と力を込めて言った。
よく、「お薦めは?」と訊ねて困った顔をする居酒屋の店員がいるけれど、こうして間髪入れずにお薦めを挙げられると実に気持ちがいい。それだけ、お酒が好きな証であるし、しっかり研究も怠っていないのだろう。
やがて、「牛タンチャーハン」と共にロックの焼酎が運ばれてきた。
「牛タンチャーハン」は黄金色というよりは、少し茶色がかった焼き飯だった。そこに細切れの牛タンがまぶされている。まずくはないが、とびっきりおいしい、というわけでもない。これで550円なのだから安いというべきだろう。
一方の「薩摩の風」はやや不満があった。辛くて、たしかに鮮烈なおいしさはあったが、問題は量である。
球の氷がぴったりグラスにはまっており、見栄えはいいが、他店と比べて確実に量は入っていない。案の定、すぐ飲み干してしまった。物足りない気持ちが残った。
ともあれ、熱々のチャーハンを焼酎で食べる、というランチは至極のものである。店のBGMはいつしかサンボマスターの絶叫に変わっている。これもひとつの愛なのかもしれない。
なんつうか、一人であるが故の寂寥感というかなんと言うかそんなもんが見え隠れするんだけど。
最近は、「わたし」という1人称のパターンが多いから、かわり映えしないかも。
基本的には、1回1回かなり考えて、書いているよ。
その割にレスポンスがよくないんだけれどね。
しかし、こうして師に褒めてもらえると嬉しいね。一人で飲んでいる寂しさはもちろんあるけれど、気楽っていうのもあるね。
それは、いい意味でも悪い意味でも成長かな。
名古屋で「ギュウタン」は、公には聞かないので、
きっと、このお店ならではの名物なんだろうな、と。
学生さんが頼んでるあたり、特に。
でも、まだ本当の名古屋に出会っていないような気がします。
まき子さん!
今度、行く際は是非「名古屋の歩き方」をご享受ください。