実は2月1日にも来た。文化横丁の狭い小路を曲がり、人もすれ違えない狭い道を鍵状に歩くと縄暖簾が掲げられ、年季の入った引き戸が立ちはだかる。
これは身分不相応の店に来てしまった。そう思わずにはいられなかった。この店は居酒屋ではなく、高級な割烹か。そう感じさせるに充分な佇まいに怖じけづき、扉に触れることなく、店を後にした。
それから2週間、今日は何があっても店に入ってやろうと思った。たとえ数万円とられようが、構わない。とにかく、仙台ナンバーワンの居酒屋に入ろうと思った。
何故、「源氏」を知ったか。
東北新幹線の車内誌、「トランヴェール」に掲載されていたから。こんなお店があるのかと。
お酒は最大4杯まで。一杯につき、それぞれお通しがつくのだという。4杯飲んで、あがりの合図となる酒肴が出てくるようだ。この記事を見て、横浜野毛にある、通称三杯屋を思い出した。
さて、いよいよ「源氏」の扉を開ける。時刻は17時40分。コの字カウンターはてっきり満席を想定していたが、左に非ず。まだまだカウンターには余裕があった。入口手前側の席につき、おしぼりが出てきたところでホッとした。一見でも問題なし。
店内を見渡す。暗がりにぼんやりとした灯りが点き、雰囲気は抜群。忙しなく動きまわる割烹着の女将さんに目が釘付けになる。酒は900円から。どの程度のお通しがつくのか分からないが、まずは「高清水」の「辛口」(900円)を冷やでオーダーした。
割烹着の女将さんが、一升瓶を抱え、目の前でたっぷりと酒を注いでくれる。お通しは、ぬか漬け。そしてあん肝とほやの和え物。これだけでもう充分過ぎる存在感。下味はポン酢だろうか。これが最高にうまい。辛口の酒との相性も抜群だ。まさに酒の楽しみをとことんまで追及した店。あてと雰囲気。五感において。
酒は「高清水」の「辛口」と「初しぼり」、「浦霞」は純米吟醸、そして「国盛 にごり」。そしてビールはヱビスの黒ビールにサントリーのモルツ。いずれも樽生だ。あては魚を中心に珍味が並ぶ。
「まぐろ酒盗」600円、「めひかり 一夜干」600円。「たたみいわし」600円。魅力的な肴が並ぶ。
周囲のお客さんらは、いろいろと注文している人がいたが、自分は淡々とお通しを待つスタンスにした。はて、どんなものを出してくれるのかと。
2杯目の「辛口」も冷やで。注目のお通しは「冷奴」。これがまた美しかった。刻みのりとねぎ、そして鰹節がふんだんにオンされている。豆腐好きの自分にとっては、何よりの酒肴だ。
お客さんが続々と入店し、気が付けばカウンターは満員に。20人弱の小さなカウンターを割烹着の女将は一人で対応する。奥の厨房では数人の板前がいる模様だが、カウンターが満席になると女将の忙しさは最高潮になる。お客は男性同士のリーマンもいれば、若い女性同士、或いはカップルなど、多種多彩。しかし驚くのは若い客の多さが際立つ。
さて、3杯目から燗をつけてもらった。
「高清水」の燗酒はふんわりとして、意外にも柔らかい。あぁ、燗の方がうまいのかとちょっとホッとする。
自分のピッチが早いのか、それとも満席になったことで忙しくなったのか、お通しの出が遅くなった。その3杯目のお通しが「お刺身」。恐らくだがその魚は鰆。冬に旬を迎える魚である。
淡々とひとり、酒をちびちび飲っているのだが、実に楽しい時間である。居酒屋や立ち飲みのような喧騒はなく、静かな落ちついた気持ちで酒場に溶け込むことができている。こんな感覚で酒を飲めているのは本当に久しぶりだ。一杯の酒を、酒場が用意したあてで飲むのが、こんなに気持ちのいいことかと再確認した。
最期の1杯も「辛口」のお燗で。
最期のお通しは、「おでん」か「お味噌汁」のいずれかをチョイスできる。「お味噌汁」に魅力を感じたが、食い気に負け、「おでん」を選んでしまった。だって、燗酒といえばおでんでしょう。そのおでんも最高においしかった。
4杯の至極。五感全てを使っていただく酒場。お会計は3,600円だったが、十分に安いと感じた。
何を語っても語りつくせない。
仙台に降りたら、必ず立ち寄ることに決めた。
料理が洗練されてますよ、素晴らしいですね♪
居酒屋と呼ぶべきか、小料理屋というべきか。実はどちらでもなかったり。
酒肴が素晴らしく、今風の言葉で表現すれば、ペアリングという感じでしょうか。
おとおしが箱で中に3品、本マグロ、ボタンエビ、何か忘れましたがもうひと品、いきなりKOされましたが後は普通でしたな。
次回いつか仙台行きがあれば迷わず「源氏」ですね。
こんばんは。
やはり、太田和彦氏、書いていましたか。「居酒屋 味酒欄」、「日本居酒屋放浪記」など持っていますが、最近全く参考にしなくなりました。文体が洒脱で、才能に恵まれていると思うのですが、威張っているように感じるのです。
「日本居酒屋放浪記」では編集者を「同行者」と呼んで一線をひき、暗に馬鹿にしたりしています。また、感じの悪い店に入った際、「俺を誰だと思っているんだ」と心の中で呟く場面があります。多分、これが彼の本心なのかなとがっかりしました。
でも、彼の嗅覚は素晴らしい。しかも文章もうまい。結局、嫉妬かも。
確か、ジャンさんは静岡の「紀伊国屋」さん(うろ覚え)をご贔屓にされていましたね。行ってみたいです。あの素晴らしい酒場。