ベッドにごろりと横になった。とにかく、暑い。
ボクが借りた部屋にはエアコンもなければ、扇風機すらなかった。
多分、この日のジャイプルも40℃近くになるだろう。ニューデリーやアーグラーよりも気温が高く感じるのは、気のせいだろうか。ジャイプルはタール砂漠を控えるラジャスターン州に位置し、心なしか日射しが強く感じる。
リキシャーの料金が高いといって、このままじっとしている訳にもいかない。ジャイプルは観光都市だから、物価が高い。じっとしていても高いコストを支払わなければいけないのだ。言い換えれば、観光地だからこそ、彼らリキシャーワーラーも強気な態度を示す。なんとか、打開しなければ、無為な時間を過ごすことになってしまう。
80ルピーの料金とは、恐らくジャイプル観光のフルコースではないだろうか。アーグラーのリキシャー、アジェイも定価の80ルピーで、ほぼ1日中観光スポットを巡ってくれた。きっと、恐らくジャイプルのリキシャーワーラーも同じ方式かもしれない。
それならば、幾つかの観光スポットだけを回ってもらえば安価になるのではないかと考えた。なんとか、半額くらいになれば、御の字だ。
わたしは、宿の外に出て、リキシャーワーラーのたまり場に行ってみることにした。
紫スカーフの男は、仲間らとしゃべり油を売っていた。
わたしが近寄ると、彼はしゃべりをやめ、わたしにこう言った。
「ジャパニ!ごきげんよう」。
なんとなく、人を喰ったような嫌な物言いだった。わたしは、それに答えずに、やぶからぼうに聞いた。
「80ルピーで、何箇所回ってくれるんだい?」
「ピンクシティ周辺と、アンベール城、・・・・・」。
彼は観光スポットに名称を挙げながら、最後にこう言った。
「5箇所だ」。
「じゃ、3箇所にしたら、料金はいくらだい?」
紫スカーフの男はちょっと不適な笑顔を浮かべて、こう言った。
「60ルピー」。
2箇所減らしても20ルピーしか安くならなかった。
「30ルピーにしてくれないか?」。
どだい無理な要求をしてみた。
彼は鼻で笑って、手を挙げてみせた。話しにならないぜといったあんばいだ。
「じゃ、2箇所だったらいくらだ?」
ひるまずに彼に尋ねると、「55ルピー」と素っ気なく返してきた。
「高い!」
思わず、わたしが言うと「高くない。3箇所は場所が近い。だから、その3箇所から1箇所くらい減っても値段は同じ」。
彼は早口でまくしたてた。
なるほど、奴が言うのも一理ある。
「どうにかならないか」。
わたしが執拗に食い下がると、「やれやれ」と言った表情で、こう言った。
「じゃ、土産物屋を何軒か多く行ってくれるか?」
なんだ、それくらいで済むなら安いもんだ。
「OK。それで料金はいくらになる?」
「45」。
いやいや、ちょっと待て。
「40にしてくれないか?」
「NO!」
そうやって、また長い交渉が始まるのだった。
結局、その後30分の交渉の結果、40ルピーで3箇所の観光スポットを巡る約束で妥結した。最後、呆気なく折れたのが、紫スカーフの男の方だった。45ルピーでもいいかなと思っていたところで、彼は「仕方ない」といった表情で、40ルピーとなったのである。その変節のあっけなさが少し不気味だったが、とにかくわたしは交渉に勝ったという優越感を感じた。だが、それと同時に、ぐったりと疲れを感じたことも確かだった。
出発は明日11時。
炎天下の交渉のためか、それとも強烈な疲労感に襲われたからか、わたしは強い日差しに目眩を感じた。
もっとタフにならなければ。
このインドを乗り切るために。
日本は標準価格表示方式だから、価格交渉ってホント面倒だよね。
まずは基本的な相場を調べ、そこから自分の希望と、価格との折り合いを付けるために交渉だからねえ。時間かかるよなあ。
でも、インドではそれが普通だし、生まれたときからそうだから、基本的な相場価格とかも分かってて、俺らみたいに時間がかかったりすることはないんだろうね。
更に、外国人観光客は基本的にアジア圏にいると裕福で、また、価格の相場も知らないから、ぼったくられてもむしろ、「おお!安い!(自国と比べて)」とかなるんで、悪びれることもなく、ぼったくるんだろうねえ。
それにインドには、ヒンドゥー的な思想として、裕福な者は、貧しい者に施しをして徳を積め、というようなこともあるみたいだし・・・。
ただ、そう考えると、インドで俺がしてきた、「無駄に値切る。」という行為は、今思えばかなりインド的ではない、さもしい行動だったとも思えるし、実際に、無駄に値切った後、自分でもそう思うことがあった。「こっちも向こうも、怒るほどのレベルまで、価格交渉とかする意味あるのか???」って・・・。
当時既にオッサンだったけど、まだまだ青かったんだろうなあ。
完全なオッサンになった今、リキシャーの価格交渉とか、スマートに、そして効率的にできるようになるのかな?
さて、師のこの後の、「リーズナブルになった分の土産物まわり」がちょっと楽しみだよ。(笑)
ある程度、インドの事情が分かってきたら、余計むきになったよね。
しかも、バックパッカー同士で、値切り自慢とかするから、負けらるないって思ったし。
こないだ、インドに行ったときは、屋台の果物は、値切ったよ。自分の順番の前にいた現地のインド人と同じ金額まで下げて。
ボブネッシュんチに帰って、その果物の値段言ったら、「OK」だって。未だに、負けたくない本能があるかもね。
俺も今では、対面販売系の場合、でかい買い物は値切ってみるけど、昔はオカンにそういう考えがなかったから、「値切るなんて・・・。」って思って、交渉すらしないことがあったよ。
この辺はほんと、人それぞれだよねえ、日本でも。
なお、日本では今はもう、ネットで買うのがほぼ一番安いからねえ。自分も店頭で値切るとかほとんどないなあ・・・。
インドで俺達がやたら頑張るのは、インドに溶け込みたいがゆえに、「現地人と同じ価格で買いたい。」という欲求が強すぎるというのもあるのかもね。
今だったら、他の日本人と競ったりせず、俺が欲しいと思う金額なら、その金額で買えそうな気がするよ。大体が、インドに行っても、日常に必要な品以外、高い買い物とかもしそうにないからねえ・・・。(苦笑)
インドの値切りは、ある部分では、ゲーム感覚でもあったんじゃないかな。
「高いから要らない」って言うと、「ちょっと待て、マスター」みたいなとこがあって。
でも、このジャイプルの紫スカーフのリキシャーワーラーは、全くそういう素振りを見せないんだ。だから、むきになっちゃたんだよ。