小樽の駅を降りるとともに感じる郷愁は、寂寥感からくるものではなく、何か温かい優しさに満ちたものである。既に東京の駅舎では失ってしまった、人の息づかいを間近に感じる懐かしい雰囲気である。
北口を出て、真っ直ぐ伸びる通りを眼下に眺めると、巨大な船の船尾が見える。いよいよ、ボクはワクワクしてきて、港まで走りだしたくなった。
真っ直ぐホテルまで行くのは、もったいない。ボクは脇道に逸れ歩き出すと、三角市場なる小さな市場を見つけ、ボクは入ってみた。
その店舗の方の笑顔がまたよかった。にこにこと人懐っこい笑顔で話しかけてくる。その笑顔に誘われて、ついボクの顔も綻んでしまう。
ただの冷やかしで入って申し訳ない。ボクは、三角市場を抜け、信号を渡った。すると、今度は中央市場なる建物があり、今度はその中を通って、ホテルに向かった。
豊かな町である。都会にはないものが、全て揃っている。
何が豊かなのだろう。
ずっと考えながら、歩いてみた。多分、人の顔が見える安心感があるのだろう。市場の人たちは、必ず、ボクの顔を見て話しかけてきた。ともすれば、ボクは、黙って遣り過ごそうとも思った。でも、ボクもにっこりせざるを得ない。
もしかして、ほんわかとする、この雰囲気は、顔が見える温かみなのである。
小樽の兄貴、みーさんと18時に約束をした。
「魚一心」閉店後の、みーさん御用達の店、「母ちゃん家」で。
細い路地に佇むお店の暖簾をくぐる。豪快な母ちゃんが出てくると思ったら、気っ風のいいまだまだお若い母ちゃんが迎えてくれた。果たして、母ちゃんとボクが呼んでいいのか、躊躇してしまうくらいに。
既に、みーさんはカウンターに座り、サッポロの赤星を飲んでいる。ボクは、隣に座り、1年ぶりの再会に乾杯した。
いいお店である。
みーさんのリードはあるにせよ、ボクはすぐに雰囲気に溶けこむことができた。ここにも、小樽の優しい風が吹いている。
箸。みーさんは、ドクターイエロー。
ボクは0系新幹線。
箸置き。あひる。多くの常連は、それをおまるという。
赤星を中断して、小樽のクラフトビールをいただく。ボトルのピルスナー(500円)。
すると、特別に用意してくれた、ど~んとお造りが現れる。
秋刀魚、かわはぎ、鰯。
まずは、この迫力に圧倒された。昨年に続き、不漁と言われる秋刀魚。今や高級魚となったカワハギ。その刺身が惜し気もなく大皿に盛られる。その爽快さと言ったら。
なまら、うまい。
やっぱり、豊かなんだと思う。だから、心にも余裕があるのだと、しみじみ思う。自然の恵みに満たされた酒肴と吹き抜ける優しい風。
「母ちゃん家」のカウンターには、ホッピーのリターナブルボトルが置かれている。もしや、ここはホッピー最北端か。しかし、今はもうない。ちょっと前に、そのデリバリーが途絶えたという。ホッピービバレッジのミーナ社長が突如供給を絶ったと母ちゃんは語る。そこで、仕方なく、小売り用のホッピーを仕入れて、やりくりしているという。ラベルをはがすことで、せめてリターナブルボトルの雰囲気を味わってもらう工夫は涙ぐましい。
「ガス圧が違う」と語る母ちゃんは、断然リターナブルボトル派だ。リターナブルボトルの供給の止まり、小樽のホッピーファンが、どれだけ悲しんでいるか。ボクは少し、心が傷んだ。
うまい刺身があれば、あとはうまい揚げ物が必要だ。
北海道といえば、「ざんぎ」。
今晩は、梅胡麻風味。恐らく、このエキスに浸けて揚げたのだろう。なまらうまい。
楽しい空気に誘われたのか、名古屋から来たという若者が、暖簾をくぐってきた。やはり、小樽は特別だ。誰をも、受け止める深い懐。やっぱり、母ちゃんて感じだ。
ついつい、時間を忘れ、みーさんに甘えて、飲み過ぎてしまった。
太陽フレアよりも、燦々と輝いていたのは、母ちゃんをはじめ、小樽の人たちの笑顔だった。
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