業務上のミスや不祥事(本稿ではこれらを「事故」と呼ぶこととする)を起こした従業員に始末書を提出させることとしている会社がある。
「始末書」は、第一には本人の反省を促して事故の再発を防止することを目的としているほか、将来この従業員を解雇する場合において当該事故を自らの責任であると認めた証拠ともなりうるので、始末書を提出させることは、労務管理上、推奨されてもいる。
しかし、本人が始末書提出を拒んだ場合には、会社(上司)がそれを強制することは許されない。というのも、「始末書」とは「過ちをわびるために、事情を記して関係者に提出する書類」(デジタル大辞泉)であるので、本人の意思に反して始末書を書かせるのは日本国憲法第19条(思想および良心の自由)に反すると解されているからだ。
こうした場合、上司としては、「始末書」でなく、「業務報告書」や「顛末書」といった書面を提出させることを考えたい。それらには“反省”を込める必要が無く、また、事故の詳細について報告を求めることは上司としての正当な職務命令であるので、当該従業員はこれに従う義務がある。
一方、懲戒(または制裁)処分の一形態として「譴責」を設け、始末書を提出させることとしている会社もあるだろう。その規定自体は、当該従業員に責任があるのが明らかであるなら、職場の規律を守るために有効と言える。
しかし、この場合でも本人が始末書提出を拒んでいるなら、やはり内心の問題であるので懲戒処分とは言え「反省している」旨を無理やり書かせることはできない。
また、始末書を提出しなかったことを理由として他の懲戒処分を科すことも、裁判所の判断はこれを肯定するもの(福岡地判H7.9.20、東京高判H14.9.30等)と否定するもの(大阪高判S53.10.27、神戸地尼崎支判S58.3.17等)とが混在していて、リスクが高い。
ただ、これらの裁判例を総じてみれば、裁判所は、「始末書提出の拒否」そのものよりも、原因となった事故の重大性を鑑みて「その処分(多くは懲戒解雇や諭旨解雇)が相当であるか」あるいは「そもそも始末書を提出させるほどの不祥事であったか」により判断している傾向がある。 つまりは、ケースバイケースで判断するしかないのだが、懲戒処分すべてに共通して言えるとおり、行為と処分とのバランスを取らなければならないのは確かだろう。
なお、始末書を提出したか否かにかかわらず、会社としては、その事故を人事考課の考慮材料とし、また、譴責処分を科した旨を社内履歴に残すことは、もちろん可能だ。
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