従業員(または従業員であった者)から未払いとなっている賃金(多くのケースで残業代)の支払いを請求された場合、何年前の分までは支払わなければならないのだろうか。 言い換えれば、会社が債権の消滅時効を援用できるのは、いつ以前の分なのか。
令和2年4月1日に改正施行された民法第166条第1項は、債権の消滅時効について「債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき」(第1号の定め;第2号は賃金債権にはなじまないので割愛)としているが、特別法である労働基準法は「この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)の請求権はこれを行使することができる時から三年間(中略)行わない場合においては、時効によって消滅する」(同法第115条を第143条第3項により読み替え)と、民法と異なる定めを置いている。
これをそのまま読めば、賃金債権の消滅時効は3年間ということになるが、同法附則(令和2年3月31日法律13号)第2条第2項に「施行日前に支払期日が到来した同法の規定による賃金の請求権の時効については、なお従前の例による」とあることには注意したい。
すなわち、令和2年3月31日以前に支払うべきであった賃金については2年間(令和4年7月現在すでに時効完成)、令和2年4月1日以降に支払うべきであった賃金については3年間で消滅時効を迎えることになる。
加えて、次のような場合には、時効が更新され、または時効の完成が猶予されることも注意を要する。
1.会社が未払い賃金の存在を承認した場合(民法第152条)
2.民事訴訟の提起や支払督促等がなされた場合(同第147条)
3.催告(内容証明郵便等による請求)がなされた場合(同第150条)
4.協議を行う旨の合意が書面や電磁的記録によってされた場合(同第151条)
さらには、「個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に基づく『あっせん』が打ち切られた場合に、その旨の通知を受けた日から30日以内に訴えを提起したときは、『あっせん』の申請の時に訴えの提起があったものとみなす」(同法第16条)、「労働審判に対し適法な異議の申立てがあったときは、当該労働審判手続の申立ての時に訴えの提起があったものとみなす」(労働審判法第16条)といった“裁判外紛争解決手続き(ADR)”においても、実質的に時効完成が猶予されることも覚えておきたい。
もっとも、請求する側は消滅時効を考慮する必要はないし、また、請求された側も消滅時効を援用しなければならないこともない。
とは言うものの、経営上、泥仕合に発展させるのが得策でないと考えるなら、消滅時効に係る分も含めた請求内容すべてを認諾してしまうのも悪くはないだろう。
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