【いくつになってもアン気分】

 大好きなアンのように瑞々しい感性を持ち、心豊かな毎日を送れたら・・。
そんな願いを込めて日々の暮らしを綴ります。

空極の言葉遊び

2009-01-08 16:26:26 | 心の宝石箱




昨夜は、やけに星が、
綺麗だと思っていましたら・・。

今朝は、
五色のグラデーションに彩られた、
雲一つない夜明けを迎えました。

日中も、それは変わらず、冬日和。
日溜まりは、それこそ、ぽかぽかと
暖かく、一足先に春が来たようです。

不思議なもので、年が明けると、
途端に陽射しも春めいて来たように
感じるものなのですね。

それもそうですね。新しい春を迎えたのですから。



早いもので、いつの間にか・・
お正月も松の内を終えてしまいました。

昔は、お正月定番の遊びと言えば、
凧揚げ、羽根付き、かるた遊びなどですが、
最近では全く見かけなくなりましたね。

「歌留多(かるた)」 で思い出したのですが、
“いろはにほへとちりぬるをわか・・” の言葉。

これには、歌があるのだそうですね。
そう、伊呂波いろは歌」

仮名47文字を全て使って歌にしたものです。
(んを入れた場合は48文字)

「色は匂へと 散りぬるを 我かよ
たれそ 常ならむ 有為うゐの奥山 
今日けふを越えて 浅き夢見し 酔ひもせず」

  
(本来は歌の間は空けないそうですが、分かりやすく表示するために、敢えて空けました)

素晴らしいですね。こんな風に言葉で遊ぶ・・なんて、何と風流なのでしょう。
そればかりか、ちゃんと意味も通じます。
他にも、『あめつちの歌』、『とりな歌』 など、名作が揃っているようです。

言葉には、言霊(ことだま)が宿ると言われ、大切にして来た昔の人々。
確かに、発する言葉一つで、いかようにも変わりますものね。
大切にしたいと思います。

余談ですが、あの吉田松陰にしても、高杉晋作にしても、
みんな詩人だったのですよね。

あの時代には、まだまだ歌を詠み、戦いに臨む・・という、
何とも雅(みやび)な? 風習も、残っていたようです。

高杉晋作に至っては、もう少し遅い世に、生まれて来ていれば・・
文豪として名を成しただろうと、言われています。
貴族と歌は分かりますが、武士も、そんな素養を身に付けていたのですね。

   



「あたしは人生の美しさを増したいと思うの。」
“・・・アンは、生まれながらに光の子であった。
誰の生活の中へでも、アンは必ず、
微笑みと愛の一言を、日光のように差し込ませる。
それを受けた人は、例えその当座だけでも、
人生を希望に満ちた、美しい、
善意の溢れたものだと思う事が出来た。・・・”
      
                【「アンの青春」 第7章】