ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

権力者たちよ、私たちとともにシファー病院で一晩、たったの一晩でいい、過ごしてほしい!

2014年07月21日 | 日本とわたし
ブログ『薔薇、または陽だまりの猫』より、転載させていただきます。

ガザ通信2014 
ガザからの3つの手紙/岡真理さん から

2014-07-21

ガザに対するイスラエルの地上戦が始まり、死傷者の数も一挙に倍増しています。
土曜の晩から日曜にかけて、イスラエル軍は、ガザ市東部のシュジャイヤ地区を攻撃、多数の死傷者が出ています。
メディアや医療関係者も、狙い撃ちされています。

現地から、私たちに向けて発信された、3つの手紙を紹介します。

ひとつは、ガザのアズハル大学の英文学教授、サイード・アブデルワーヘド教授のFB。
もうひとつは、ガザ市のシファー病院で医療活動にあたっているノルウェーの医師、マッヅ・ギルベルトの手紙。
3つ目は、エレクトロニック・インティファーダに投稿された、アブーニウマのシュジャイヤ地区に対する攻撃についてのレポートです。

アブーニウマのレポートには、シュジャイヤ地区の写真もたくさんありますので、サイトの方もぜひご覧ください。

1)サイード゛・アブデルワーヘド教授
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
2014年7月20日、今日のガザ。
ガザ市東部のシュジャイヤ地区は、流血と砲撃の夜ののち、非戦闘員のパレスチナ人が、朝、自宅を逃げ出す。
52名が死亡、350名以上が負傷、と伝えられる。
遺体が、通りや瓦礫となった自宅の下に。
救急車や消防隊は、死傷者を救出しようにも、地区内部に到達することができず。
さらに、2名の救急救命士が殺され、18人が負傷。
UNRWAは、新たに避難した者たちのために、複数の学校を開放。
メディアや記者たちは、その報道ゆえに、脅迫されている。
ホテル、もしくは自宅にとどまるよう、命じられた。



2)マッヅ・ギルベルト医師
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
ガザからの手紙
http://www.middleeastmonitor.com/articles/middle-east/12920-letter-from-gaza-by-a-norwegian-doctor
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
親愛なる友人諸君、

昨夜は凄まじかった。
ガザに対する「地上侵攻」がもたらしたのは、貨車何十両分もの、変形し、ばらばらになり、血を流し、震え、死にかけた――、
ありとあらゆる種類の怪我を負ったパレスチナ人たち、あらゆる年齢の、あらゆる市民、あらゆる無辜の人々。

救急車の、そしてガザの病院すべての英雄たちは、12時間から24時間勤務で働いている。
疲労と非人間的な仕事量に蒼ざめながら、彼らは治療し、負傷者を分け、さまざまな肉体の把握不能な混沌をなんとか理解しようとする。
体格、四肢、歩ける者も歩けない者も、呼吸している者もしていない者も、出血している者もしていない者も、人間たちを!

今、「世界でもっとも道徳的な軍隊」(ママ!)によって、またも獣のように扱われて。
負傷者に対する私の尊敬の念に、終わりはない。
痛みと苦しみと、衝撃の只中にありながら、感情を抑えた彼らの決意。
[病院の]スタッフやボランティアに対する私の称賛の念に、終わりはない。

パレスチナ人の「ソムード」(不屈の意思)に、身近に接していることが、私に力を与えてくれる。
とはいえ、ふとした拍子に、叫び出したくなる。
誰かにしがみついて、泣いて、血まみれになった子どもの、その暖かな肌や髪の匂いを嗅いで、
終わりのない抱擁の中で、自分自身を護りたい――だが、そんな余裕は我々にはない、彼らにもない。

灰のように蒼ざめた顔――ああ、だめだ!
もうこれ以上は、何十人もの変形し、出血した者たち。
救命治療室の床は、依然として血の海だ。
血をたっぷり吸いこんだ包帯の山から、血が滴っている。
そこかしこで、清掃係の者たちが、速やかに始末している、血や、うち棄てられた布、髪、服、カニューレ――、
死者が遺して行った物だ――すべてが取り除かれる……再び備えるために、最初からまた、同じことを繰り返すために。

この24時間のあいだに、100人以上の患者が、シファー病院に運ばれた。
何もかも揃った、訓練の行き届いた大病院なら問題ない。
だが、ここは――ほぼ何もないのだ。
電気も、水も、ディスポも、薬も、手術台も、器具も、モニターも――、
何もかも、昔の病院の博物館から持ってきたかのように、錆びついている。
だが、彼らは不平など言わない。
これら英雄たちは。
彼らはこれで何とかするのだ、戦士のように、向かっていくのだ、大いなる決意をもって。

ベッドで、この言葉をあなたがたに書いているあいだにも、涙が止まらない。
暖かいが、役に立たない、痛みと悲しみの、怒りと恐怖の涙。
こんなことは起きてはいけない!

すると、今まさに、イスラエルの戦争機械のオーケストラが、その身の毛のよだつ交響曲を再び奏でだす、今まさに。
海辺のすぐ向こうにいる海軍のボートから、迫撃砲の一斉射撃、F16の唸り声、不快なドローン(アラビア語では「ゼンナーニス」、ハンマーのことだ)、そして群れなすアパッチヘリ。
多くがアメリカ製か、アメリカが買い与えたものだ。

オバマよ、あなたに人間の心はあるのか?
あなたを招待しよう。
私たちとともに、シファー病院で一晩――たったの一晩でいい――過ごしてほしい。
清掃係のふりでもして。
私は確信している、100%、そうすれば歴史が変わると。
誰であろうと、人間の心と、そして、権力のある者は、シファー病院で一晩を過ごしたなら、
パレスチナ人の殺戮に終止符を打つ、という決意なくして、ここを立ち去ることなどできないはずだ。

だが、人間の心をもたない、無情な者たちが、自分たちの損得勘定で、またも「ダヒーヤ」(犠牲)を、すなわち、ガザに対する殺戮を計画したのだ。
血の川が、今晩も流れ続けるだろう。
彼らが、その死の楽器の音合わせをしているのが、私には聞こえる。

どうか、あなたにできることをしてほしい。
こんなことは、こんなことは、続いてはいけない。

マッヅ・ギルベルト医学博士
ノース・ノルウェー大学病院
緊急医療クリニック
教授・診療所長



3)アリー・アブーニウマ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
シュジャイヤの虐殺
http://electronicintifada.net/blogs/ali-abunimah
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
日曜の未明、イスラエルは、ガザ市東部のジュジャイヤ地区を無差別砲撃、何十人もの男性、女性、子どもたちが殺された。

約60もの遺体がすでに、家やアパートのビルの瓦礫の中から運ばれ、負傷者は多数、200名を超えると、
パレスチナ保健省の報道官、アシュラフ・アル=キドラ博士は、地元メディアに語った。

だが、実際の死者数は、もっと多いはずだ。
国際赤十字委員会は、負傷者の救出と遺体の搬送のため、2時間の「人道的休戦」を整えた。

今回の、ガザに対するイスラエルの爆撃による集団殺戮で、420名以上のパレスチナ人が殺され、今、攻撃は、第2週目に入った。
3000人以上が負傷し、何万人もの人々が自宅から逃げ出し、うち大勢が、国連が運営する学校に避難をしている。

ガザという小さな土地に、180万の人間が暮らす。
イスラエルの陸、海、空による攻撃から、安全な場所などどこにもない。
エジプトの軍事独裁政権は、イスラエルと緊密な同盟を結び、ラファ検問所を封鎖している。


攻撃現場の目撃証言
イスラエルの攻撃が一時停止したとき、シュジャイヤ地区に入ったジャーナリストたちが、その光景をツイートしている。
ガザ市のシファー病院の中から、あるいはその近くから、写真をツイートしている者もいる。

以下、現場からのツイート記事と写真。
写真については、サイトをご覧ください。
http://electronicintifada.net/blogs/ali-abunimah/



ガザ危機 7月17日までの状況まとめ(IMEU)/岡真理さん から
2014-07-21

京都の岡真理です。
Institute for Middle East Understanding(IMEU 中東理解のためのインスティチュート)が発表した、本17日までのガザ危機の現状です。

http://imeu.org/article/gaza-crisis-update-july-17-2014

IMEUは、パレスチナ問題に関し、主流メディアが報道しない事実を提供するために作られた情報サイトです(写真も掲載されていますので、サイトの方もご覧ください)。

もはや、「ハマースの軍事施設を叩くために」などという、イスラエルの公式声明を信じている者はいないと思いますが、
これを読むと、民間人の大量殺戮がどのように行われているのか、具体的に知ることができます。

また、イスラエルによる戦争犯罪を、世界に発信するジャーナリストやメディアも、攻撃対象になっていることが分かります。

さらに、病院も標的とされ、救急医療へのアクセスも意図的に阻害されることで、犠牲者が拡大していることも分かります。

8年に及ぶ完全封鎖で、疲弊しきった社会の、その辛うじて稼働している産業インフラ、社会インフラを、
爆撃・砲撃によって、徹底的に破壊するための作戦
だということが、こうした被害事実からも見えてきます。

ガザ攻撃は、ガザのパレスチナ人を定期的に実験台にして、開発された軍事兵器の威力を、世界に向けて知らしめるためのショーとしても、企図されています

日本のマスメディアに対しても、このような事実の詳細を、番組や紙面できちんと報道するよう、要求したいと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ガザ危機 2014年7月17日(更新)
IMEU

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
●7月7日以来、イスラエルは、ガザのパレスチナ人およそ370名を殺害、負傷者は約2700名。

●7月17日に始まったイスラエルの地上攻撃の最初の48時間で、少なくとも、ガザのパレスチナ人110名が殺害。

●現地時間の今朝(7月20日)、イスラエル軍は、ガザ北部のシュジャイヤ地区で、子供3人を含む少なくとも20名を殺害。

●国連?によれば(7月19日午前8時 アメリカ東部標準時)

○少なくとも228人の民間人が殺害、うち子ども77名、女性56名。
○少なくとも657名の子ども、463名の女性が負傷。

6万人のパレスチナ人避難民が、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)の学校に避難。

○少なくとも7万2000人の子どもが、知人の死や負傷、家の喪失によるトラウマのため、特別な心理的サポートを必要としている。

90万人が、水、および衛生サービスに、適切にアクセスすることができない。

○住民の80%が、1日に4時間しか電気がない。

○少なくとも3600人の漁師が、生計を立てることができず、
少なくとも2500人の農民が、家畜、農地、穀物、施設の損傷、ないし喪失のため、緊急の食糧援助を必要としている。

○7月7日以来、少なくとも85の学校、18の保健関連施設が、損傷(病院3、診療所12、看護センター3)、修復を必要としている。

少なくとも医師1名が殺害、19名の医療スタッフが負傷、少なくとも4台の救急車が損傷。


●民間人の死傷者の目だったものとして、

○7月19日
一家4人を含む5人の民間人が、ガザ北部、ベイト・ハヌーンで、イスラエルの砲撃により殺される。
殺された家族は、マフムード・ズワイドとその妻ダリア、ナガム(3歳)とルーヤ(2歳)。

○7月18日
ガザ北部、ベイト・ハヌーンの自宅にミサイルが撃ち込まれ、アブー・ジュラード家の、子ども4人を含む8人の家族が殺される。

○7月18日
ガザ南部のハーン・ユーヌスで、シャース家は、自宅がイスラエルに空襲され、家族のうち4名が殺され、ほか4名が負傷、うち1名は重症。

○7月16日
ガザ市の海辺で、イスラエルの砲撃により、4名の幼い少年が殺され、ほか3名が負傷、すべて従兄弟たちだった。
亡くなったのは、アヘド・アーテフ・バクル、ザカリヤ・アヘド・バクル(ともに10歳)、ムハンマド・ラミーズ・バクル(11歳)、イスマーイール・マフムード・バクル(9歳)。

○7月13日
イスラエルは、ガザの警察庁長官を暗殺しようと、その従兄の家を攻撃(暗殺は失敗)。
それにより、アル=バトシュ家の家族18名が殺され(うち6名が子ども、3名が女性、一人は妊娠中)、ほか16名が負傷。

○7月12日
イスラエルの空襲により、ガザ北部のベイト・ラヒヤにある障害者施設で、2人の住民が殺害、ほか数名が重傷。
殺されたのは、オラ・ワシャシ(31歳)、スハー・アブー・サアダ(47歳)。
いずれも、重篤な精神的、身体的障害を負っていた。

○7月10日
イスラエル軍は、ガザ南部ハーン・ユーヌスの、アル=ハッジ家の自宅を攻撃、家族8名を殺害、うち5人が子ども。

○7月8日
イスラエル軍は、ガザ南部の浜辺のカフェを攻撃、少なくとも9名の民間人が殺され、16名が負傷。
彼らは、ワールドカップを観戦していた。


●メディアに対する攻撃

○7月18日
イスラエルは、ガザ市にある、メディアの事務所が複数あるビルを爆撃、パレスチナ人のフォト・ジャーナリストが負傷。

○7月15日
ニューヨーク・タイムズのために運転手をしていた男性が、ガザ市の住宅に対するイスラエルのロケット攻撃により軽傷。

○7月8日
パレスチナ人ジャーナリストたちが乗っていた車両が、メディアとはっきり書かれていたにもかかわらず
イスラエルに爆撃され、運転手が殺され、同乗していた記者3人が負傷。


●人権団体の声明・リポート

7月18日、人権のための医師団ーイスラエルやベツェレム、拷問に反対するイスラエル公共委員会、イスラエル市民権協会をはじめとする、イスラエルの人権諸団体からなる一グループが、合同プレスリリースを発表。
イスラエルの激しい攻撃により、負傷したパレスチナ人が、必要な医療を受けられないという、いくつもの事例を詳細に訴える、

「「キャスト・レッド」作戦で学んだ教訓の一部として、そして、法的義務に従うとして、
軍は、負傷者が退避でき、妥当な時間内に救急車にアクセスできるよう調整するメカニズムを準備する、と約束した。
昨晩の複数の出来事は、このメカニズムが、たとえ紙の上には存在するのだとしても、じゅうぶん効果的ではないことを、明瞭に例証している。

その結果、我々は、
ガザ地区の負傷者の避難を調整するメカニズムを制度化するというこの法的義務を、履行するための緊急行動を求める。
我々は、
ガザ地区の救急チームや、医療従事者が保護され、彼らが自らを危険にさらすことなく、その義務を遂行できるようにするよう訴える。
これは、命の尊厳の原則を守り、致命的なものとなり、犠牲者のさらなる増大をもたらすかもしれない負傷者の避難の遅延を、回避するためである。

さらに、激しく攻撃されている地域から避難するに際して、民間人が直面している甚大な困難という事実を踏まえ、
我々は、
自らの命を守るため、爆撃下の地域から脱出しようとする市民のために、安全な通路を確保し、
彼らが安全な地域に移動できるようにすることを、双方に対して要求する。


7月17日、ガザで何年にもわたり活動している、英国を拠点とする「世界の医師たち」は、
「イスラエルの空襲は、パレスチナの看護システムを、限界まで破壊する」と題する声明を発表、
民間人の負傷者の多さに対し、警告を発し、以下のように述べた。

「空襲により、保健サービスは深刻な被害を受け、頻繁な停電を耐えなければならない」
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世界独裁体制を作っているグループに、命と精神を傷つけられるのはもうイヤだ!

2014年07月21日 | 世界とわたし
青木よしなりさんという方が、フェイスブックで伝えてくださったこの写真。




ニューヨークで行われた、数万人のユダヤの人々による、ガザ虐殺抗議集会の写真です。
メジャー局は、このことについて、一切伝えていません。

今朝は、この写真に寄せられたコメントを元に、あちこち調べたり読んだりしていました。
青木さんも、わたし同様、ガザで子育てをしている友人がおられるそうで、
わたしの親友ミリアムから聞いたように、
「催涙ガスやアパッチ、ゴム弾や機銃掃射という日常の上に、今度はミサイルに空爆……」という、
我々には到底想像もつかない、非情で悲惨な状況の中に、人々や動物は閉じ込められています。
ミリアムがくり返し言っていたのは、そのミサイルを追撃するミサイルが的を当て、同時に炸裂した時の音の恐ろしさです。
そんなものを、小さな子や動物のように、まだ未完の弱い生きものに、毎日のように体験させてしまっていることは、本当に間違っています。

これはロンドンでの抗議デモ。


そしてこれは、イスラエルでの抗議デモです。



青木さんと、コメント欄で話し合われていた方々の言葉の中から、その一部を転載させていただきます。

↓転載はじめ

「この黒帽子のハシディズム派の人達は、ずっと以前から、イスラエルの暴挙を非難していました。
ユダヤ人の中でも、極少数派だから、良心のユダヤ人なんて呼ばれているんです」

「実際には、スティーブン・スピルバーグのように、イスラエルの虐殺に寄付をするシオニストの方が、圧倒的多数です」

「世界中から反対の叫び、それでもヤルのは、アメリカと同様に、武器使用期限から来る在庫一掃セールなのか?
人の命を奪う以外に使い道の無いハサミは、誰もをバカにすると感じてます」

「ユダヤの人々とは、一体何を持って指すのか?
正直解らないのが本音です。
ジプシー、ロマ、様々な形で世界中に居る人々、ウクライナやアゼルバイジャン等の東欧圏まで含め、様々な血が混ざってるのは間違い無く、
それでも尚、ユダヤ人の国と言う敷居を設け、土地の略奪と殺戮を繰り返すのは、意図的なユダヤ人消滅を願ってるとすら感じます。
武器を使うという行為が、自国の尊厳や平和を維持する為で『無く』、経済活動であるとハッキリしている時代にする殺戮は、明確に犯罪なのに……」

「ユダヤとは宗教であり、人種ではないという説明が基本にあります。
他の人によれば、宗教としてのユダヤと、人種としてのユダヤ人と、2種類の見方もあります。
一番問題なのは、ユダヤをカモフラージュに使い、偽りの「ホロコースト」をバネにして犠牲者の中に隠れ、
実際には、金融システムを独占しては世界独裁体制を作っている、比較的少数のマフィア・グループだと思います」

↑以上、転載おわり


そして、わたしの転載の承諾を尋ねるコメントに対して、快諾してくださった青木さんの返事の中に、
「インティファーダが行われるのかは解りませんが、何とか誰もが出来る事をする時と思います」とあり、
インティファーダという言葉を知らなかったので、そのことについて調べてみました。

Wikipedia『インティファーダ』

こちらの方がわたしには分かりやすかったので、

知恵蔵2014の解説
『インティファーダ』

1987年末、イスラエル占領地で、パレスチナ人が一斉に、投石などでの抗議行動を開始した。
これを、第1次インティファーダと呼ぶ。
この鎮圧に失敗したイスラエルは、力だけでは、パレスチナ人の民族主義を抑えることはできないと悟った。

1993年のオスロ合意を受け、抗議行動は、一応の終息を見た。
2000年9月末、シャロンが、多数の護衛を従えて、エルサレムのイスラムの聖地(ハラム・アル・シャリーフ)に入った。
これにパレスチナ人が反発、占領地全域で、イスラエル当局と衝突した。
イスラエル国内のアラブ人地区でも、抗議運動が発生。
このパレスチナ人の蜂起を、聖地内のアル・アクサー・モスクの名を冠して、アル・アクサー・インティファーダと呼ぶ。
オスロ合意以前のインティファーダの再燃、との視点に立てば、第2次インティファーダでもある。
蜂起の背景には、1993年以来の中東和平プロセスの成果が、あまりに乏しかったという、パレスチナ人の不満がある。

第1次インティファーダにおいては、投石などの手段が主流であったのに対し、
第2次インティファーダでは、小火器、迫撃砲、さらには手製のロケット弾などが、パレスチナ側によって使用された。
また、イスラエル国内での、パレスチナ人による自爆攻撃も、続発している。
対するイスラエルは、戦車、ジェット戦闘爆撃機、ミサイル搭載ヘリコプターなどの圧倒的な火力で、パレスチナ側を攻撃、
さらに、パレスチナ人の指導層を、「テロリスト」として、次々と暗殺した。
その上、ヨルダン川西岸では、交渉によってパレスチナ人が自治を始めていた地域の大半を、再占領した。

05年1月、アッバスが、パレスチナ人の指導者となって以来、事態は一時、鎮静化した。
しかし、06年に、イスラエルを認めないハマス政権が成立し、
同年7月に、イスラエル兵士1人が、ガザへと拉致されると、イスラエルはガザを封鎖した。
しかも、ヨルダン川西岸では、ハマスの評議会議員を、次々と拘束した。
占領と抵抗という、インティファーダの構図が続いている。
( 高橋和夫 放送大学助教授 )

出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2007」
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。
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かぞく

2014年07月21日 | 家族とわたし
友人のアンドリューが、
「ぜひ紹介したい友だちがいる。
ふたりして、ぜひ彼の家に行ってほしい。
もうすごいんだから」
と言ってきた。

場所は、アンドリュー一家が暮らすワシントンハイツ。
先週の土曜日に、ご近所さんで、彼の息子フィンと同い年くらいの娘ちゃんがいる、マイケルの家に遊びに行った

  



 









居間には楽器がいっぱい♪

アンドリューがやりたかったのは、チビちゃんたちも交えてのジャムセッション♪

だから彼は、けっこう重たいコレ↓を、自分ちからエッサホイサと運んで来た。


つい最近、コレも加わったことを知らなかったらしい……。


結局、あれやこれやの楽器を存分に楽しんだのは、我々大人たちだけだったのだけど……そして子どもたちは、お医者さんごっこをしていて、

患者になりなさ~い!という命令を受けて、大人たちはひとりずつ、体のどこかに固いものを潜ませて、診察室に入って行き、


ふたりの先生の、懇切丁寧な診察を受け、


熱を測ったり注射をしたり、大忙しのドクター・エラ。


あ、痛みの元が取れました!


我々が持ってった甘辛ポップコーンが大人気。


マイケルのアパートメントのエレベーターが、超~渋い。






ロビーのモザイク模様が、ホットドッグみたいだよ~と、踊るフィン。


どこの角にも、フィン怪獣出現!




ワシントン・ハイツ名物、路地の階段。


建物がどれもこれもすご~く古い。




いきなり出現したピエロさん。


長~いお昼寝から目が覚めて、腹ごしらえ中のメイヴ。


おいおい、9ヵ月なのに歩いてるよ~!?


自分ちの庭のように使ってる、近所の公園にGO! お兄ちゃんぶりを発揮中の4才間近のフィン。


公園前の地下鉄駅。


春にはとんでもない数の花が咲き誇るこの公園、ハドソン河がパノラマに見渡せる。


薄暗い夕暮れに、白く輝く花、花、花。






雨がずっと続いた後の丸々1週間、快晴続きだったので、ちょっと喉が渇いているのかも。






そして昨日の日曜日、
従兄弟んち(うちから15分ぐらい車で走った所)のパーティに行くんだけども、帰りに寄ってもいいかな?と、友人ジャンから連絡が入った。
もっちろんさ!

夏は特に、あくせくしたくないので、近くのベトナム料理店からテイクアウトした。


アリーナとユージンが、ジャン父ちゃんのギターに合わせてダンス・ダンス・ダンス♪
お~い、ピントが合わないよぉ~!




まったくもって、可愛い過ぎて、目が一時も離せないふたりなのである。






アンドリューもジャンも、旦那と同じ大学で学んだ同級生、まさに子育ての真っ最中。
パートナーとふたりして、一所懸命に、時には年令相応の経験からくるリラックスさでもって、親業に励んでいる。
対して旦那は、もうすっかり子育てを終了して、自分のキャリアを積むことに集中している。

彼がいきなり、20代の真ん中で、ふたりの男の子の、それも幼児の、しかも文化も言葉も違う子どもの父親にならなければならなかった時の、混乱と躊躇について、
今さらながらではあるけれど、こうやって子育てに奮闘しているカップルを見るたびに、思いを馳せる。

大変だったろうな……彼にとっても、そして息子たちにとっても。
わたし自身が感じていた大変さとはまた違う、質の、量の、大変さを彼らは抱えていたのだろうな。

もしあの時◯◯だったら、もしあの時△△していたら、
そんなふうに考えることはあるけれども、それがいかに意味の無いことであるかもわかっているから、
とにかく、どうであれ、息子たちは成人し、社会人として、親のわたしなどよりはるかに良く生きてくれていることに、心から感謝しよう。
まるでなにも特別なことを、はっきりいって当たり前のことすらも、させてあげられなかった、与えてやれなかったわたしたちだったけれど、
思いやり、優しさ、強さ、そして思ったことを正直に言葉にする残酷さも備え、お金で苦労してきた我々を反面教師にして、しっかりした経済設計を立てて生きている彼ら。

家族の数だけ物語がある。
わたしたちは、その中のひとつに過ぎないけれど、そのひとつは、かけがえのないひとつなのだ。
コメント (2)
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