上の写真はロックダウン中のカーネギーホールの正面玄関に掲げられていたメッセージ。
Patience
Patience
Patience
これはある小話が元になっている。
ある日、ホールのすぐ近くで、カーネギーでの演奏を控えていたバイオリニストが声をかけられた。
『How do you get to Carnegie Hall?(カーネギーホールにはどうやって行くのですか?)』
するとそのバイオリニストはこう答えた。
『Practice Practice Practice(練習、練習、練習です)』
尋ねた人はカーネギーへの道順が知りたかったのだけど、演奏者はどうやったらあの舞台に立てるのか?と聞かれたと勘違いしたというお話だ。
Patienceは我慢という意味。同じPで始まるし、我慢と練習はどことなく繋がっている。
我慢、我慢、我慢
そうやってトライステートの住民たちはこの1年半をずっと我慢してきたのだった。
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昨日の夜遅く、所属しているACMAからメールが届いた。
10月に行われることになっているコンサートのチケットを何枚予約したいか言って欲しい、と書かれていた。
そうだった、コンサートがあるんだった。
コロナ禍以降ずっと閉館していたカーネギーがついに、来月から公演を再開するんだった。
そしてわたしはその翌月の10月のコンサートで、ソプラノ歌手に3曲の伴奏を頼まれていたんだった。
この夏もまた、レッスンは普段とほぼ同じの状態で続き、8月に入ってやっと少しだけ空いてきて、ああ少しは夏休みって感じがするかもと思い、決心して小旅行に行って大怪我をして、その後今までの1ヶ月ほどは弾くとどこかが痛むのでダラダラしていた。
ピアノを弾くのは教える時だけで、その他の時間はほとんど弾かないまま日が過ぎていった。
メールを読んでしばらくすると、胃や肺や心臓に冷たくて薄い膜がぺたぺたと貼られていくような感じがした。
胸の内側がざわざわして、すると同時に心配虫が頭の内側をぞろぞろ這い始めた。
どうしよう。なんの曲だったかさえ覚えていない。
こんな不誠実な伴奏者が許されるわけがない。
なんでここまでとぼけてしまっていたんだろう。
COVID-19は収束せず、また街はロックダウンをするかも知れない、などと悲観的に考えていたんだろうか。
いろいろ考えても答が出てこないし、出た答が慰めになるとは思えない。
慌てて本棚の楽譜をガサガサ動かして、彼女から渡されていたはずの楽譜を探し出す。
そして、その3曲のうちの1曲がうまくいきそうになかったから、じゃあこの曲の代わりにわたしがあなたのために1曲創るね、などと言ってたことを思い出し愕然とする。
当時書き始めてはやめ、また始めてはやめした楽譜がどこにあるのか、そんなものを探してもきっと全くなんの足しにもならない音符が並んでいるだけだからからやめた。
その曲を、前に創った『FUKUSHIMA』と『OKINAWA』の間に入れて一つの組曲にしよう、などと考えていたことも思い出した。
6月中旬から今までの、確かにあったはずの時間を思いながらクヨクヨと後悔しても仕方がない。
なんだかこんなことをいつも言っているような気がしてさらに気が萎えるが、やっぱりそういう心の回路も意味が無いのはわかっているのでさっぱりと忘れることにした。
さあ、やるっきゃないのでやる。
ハープのように弾け!と書かれている左手の超意地の悪いアルペジオは、とんでもなく速く弾かなければならない。
今日から開始だ。