ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

マスクを拒む親御さんへ 私たち教師は、あなた方と同じチームにいることを知ってください!

2021年08月16日 | 日本とわたし
わたしの友人にも、マンハッタンの小学校で教えている人がいます。
この女性のように、マスク着用を拒む親だらけの学校で教えることを考えただけでゾッとする、と言っていました。
一体いつになったら、疫病感染防止の基礎中の基礎が理解してもらえるようになるんでしょうか。
わたしもプライベートではありますが、大勢の子どもを教えている立場の人間なので、この女性の苦悩と不安、そして憤りが手にとるようにわかります。
少し乱暴な言い方ですが、共和党寄り、あるいはトランプ前大統領を支持する知事の州に暮らす彼女のような考えの人たちは、その場から離れる以外に自分や家族を守る方法は無いのでしょうか?
どうしてここまで年月が経っても、科学的な根拠に基づいた防疫対応であるマスク着用を認められないのか、マスクをしないことで実際に感染が広がってしまっている事実に目を塞ぐのか、それが理解できません。
彼女のことを知ってもらいたいと思い、彼女の言葉を訳してみました。
拙訳ですが紹介します。

私は新学期が始まる前になると、準備の時間が十分あるか、ちゃんと授業ができるのか、生徒たちはちゃんとやっていけるだろうかなど、いつもの不安に襲われます。
けれども今年は、いつもの新学期前に感じる不安を、さらに暗い影で覆うような不安感があります。
もし私が死んだら誰が子供たちの面倒を見てくれるのか、もし私が入院したらどうやって治療費を払えばいいのか、もし私が生徒や自分の子供に新型コロナウイルスを感染させたことで彼らが死んでしまったらどうやって生きていけばいいのか、そんなことを考えるのです。
他の先生に今の気持ちを聞いてみてください。
きっと、「こんな不安は経験したことがない」とおっしゃるでしょう。
というのも今の状況は、来るとわかっていても何もできない銃乱射事件から生徒を守ろうとしているようなものだからです。
私たちは、生徒たちを銃乱射事件から守ろうとしていますが、銃乱射事件(感染爆発)が起こることがわかっているのに、そのことで犠牲になる可能性のある生徒やスタッフが殺到するのを防止するためのマスク着用について、意見が一致しないということ以外、何もできないのです。
学校開始前に行われた会議では、先生たちがいつものように計画を立てているのを聞いていますが、同時に、遺言書を作れるように手頃な弁護士を探そうという会話も聞いています。
そして、緊急時のサブプランを作り、隔離して病院に行こうという話もしています。
私が暮らす地区では、隔離が必要な場合、個人的な病欠を使わなければならず、その分の給料は支払われないことがわかりました。
いつも話題に上がるのは、これらの請求書がどうやって支払われるのかということであり、我々にはどのような法的権利があるのかということも考えています。
なぜならば我々の地域には、全面的にも横断的にも(どこもかしこもという意味か?)マスク着用の義務がないからです。
私たちは心配していますし、マスク着用の義務化が権利を侵害していると感じている保護者との戦いにもほとほと疲れています。
私たちは保護者に、私たち教師が彼らと同じチームにいることを知ってもらいたいのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

アフガニスタン

2021年08月16日 | 世界とわたし

アジア記者クラブ(APC)https://twitter.com/2018_apc さんのツイートで今更ながら学んでいるわたし…。
まだまだ知らない、勘違いだらけの自分が情けないです。


アフガニスタン問題は、どの方向からの記事や論説を読んでもどこか腑に落ちない、けれどもこの20年間はアメリカが先頭に立って起こした混沌なのだから、できるだけ知らなければと思いつつ、やはり理解度は低いままでした。
この20年間は、わたしたち家族が移住した20年間と重なります。
こちらに移り住んだ翌年に同時テロが起こり、その場面を直に目にしたことで心を病み、その後数年間苦しみました。
世の中がみるみるうちに物騒になり、いくら抗い非難しても戦争が始まり、普段は冷静な新聞テレビまでもが大本営もどきの報道をするようになった時、大勢の人々は自身の非力さを呪いました。
この間、大統領が4人も入れ替わり、意味のない、けれども破壊だけは十分にし尽くした戦争が、今終わろうとしています。
それもわざわざ9月11日という日を選んで…。



昨日一緒に夕飯を食べた友人夫婦と、このことについて話しました。
彼はケニア人で彼女は生粋のアメリカ人。
わたしたちより政治のことに詳しく、寄ると必ず政治話に花を咲かせるのですが、このアフガニスタン侵攻については口が重くなってしまいます。
あまりに複雑で、だからそれを簡略して話すと本当の事が抜け落ちてしまい、結局意味がなくなってしまうからです。
わたしたちはありったけの時間を使って、行ける所には行って、愚かな戦争を起こすなと抗議しましたが、巨大な軍と莫大な量の武器を所有する国にそんな声は届きません。
絶望し、止められなかった力不足を恥じ、アフガニスタンの人たちの安否を心配し、そしていつかほとんど忘れてしまう…。
それぞれの国のそれぞれのやり方で解決していくしかないのに、そこに首を突っ込んで、実はそれは正義のためなどではなく、介入することで利用できる何かがあるからだったりする行動が、良い結果を生むはずがありません。

わたしの周りではほとんどの人がこう考えていました。

中村哲さんこそが、アフガニスタンを救うにはどうしたらいいかを示してくれた人でした。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

平和であることが申し訳なくなるとき

2021年08月16日 | ひとりごと
いらっしゃい。また来てね。
うちの玄関カエルはなかなかの人気者だ。

先日、コリアンタウンのフォートリーにある、超おすすめのレストランでランチを食べた。

前に来たときは、だだっ広い店内にわたしたちとあともう一カップルしかいなかったけど、今回はけっこう混んでて、ちょっとホッとしたり心配になったり。
見えないからウイルスは、放射能と同じで…。
でも超〜美味しかった!
カルビ肉は口の中でふわふわと踊り、舌にまろやかなコクとうま味を乗せ、冷たい蕎麦のスープはピリッと辛い一瞬を楽しませてから喉を下りていく。

数ヶ月前に適当に作ったレンガ道と花壇は、夏の太陽と夕立の雨が育ててくれたからか、ワイルドにひしめき合っている。

今朝はお隣さんカップルと一緒に、夫の鍼治療を受けた。
ロバートはストレス緩和を、エステラは右足の4番目と5番目の指の問題解決を、わたしは右膝のひきつれと痛みを治してもらうためのグループ治療で、いつもながらに鍼を異常に怖がるわたしを、二人は「思い出せ!忍者魂!」などと言って励まして(?)くれた。
もっともっと受けなきゃなあ…。

うちにはムクゲの木があちこちに生えているんだけど、この色は初めてなので。
本当の色(うす桃色)がうまく写らないのだけどとりあえず。

こちらはうす紫色。

今年の夏は、あ〜暑いという日が数日間続き、最後の日に気温と湿度がシュルシュルと下がり、次の日はまるで秋?な日になる、というパターンが繰り返されている。
暑い日は2階も1階も常にエアコンをつけて、3階以外の部屋を冷やし続けないと、すぐに湿度が60%を超えてしまう。
ピアノが一番好む湿度は50%前後。
これまでは湿度には無頓着で、だから調律してもらってもすぐに狂ったりしたのだけど、新しいピアノがやってきてからはとても気をつけるようになった。
冬には加湿器のタンクに水を入れ、夏には除湿器のタンクの水を庭木や草花にまく。
もう8月の中旬になり、あっという間に学校が始まるのだろう。
それでもここはこんなに平和だ。
20年もの間、アメリカを中心にした暴力に翻弄された挙句、今また見放されたアフガニスタンの人々に、どうやって詫びればいいのかわからない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする