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日々の暮らしのなかで

意味を見出すとすれば

2011年04月19日 | 日記・エッセイ・コラム
目に映る景色に、何かの意味を探る
 
たとえば、桜
この時期、と、あらためて言うまでもなく、
日本人は桜の花が好きであるが、
それは、あの花がパッと咲きパッと散っていくから!
と、言われることもある
 
そういうこともあるだろうけど、
あの美しさは、それだけではないような気がしないでもない
 
ただ、“散り際の潔さ”と理由付けをされれば、
それも悪くないと納得できる
 
例えば、木の葉
 
病室から見える大木
それに生い茂る葉を見つめていると、
一枚、また、一枚と枯れ落ちていく
その様子を毎日眺めているうちに、自分の病気と
重ねあわせて・・・・
 
小説やベタなドラマでのシーンだ
桜の花とは違い、こちらには
寂しさが漂う
そんなシーンが近くにあった
 
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仕事関係の幟だが、強い風に吹かれ、
引き裂かれ、ちぎれ落ちるのも時間の問題だ
あまりにも、寂しい情景
 
しかし
 
この状態で、すでに数日間持ちこたえていた
シブトイと言うか、割と強いものなんだなと
感心した
 
作業場の外にあるとは言え、
毎日気にしていることでもない
気付けば視線を移すことはあっても、
風が当たらない場所へ移すことも、補強することもない
 
彼、あえて彼と呼んでみるが、
彼はそこに立っているからこそ役に立つわけで、
そこにある事が、大事なことだ
 
そんな幟も一昨日、ついに力尽きた
 
作業場からの帰りに、親父が見つけた
 
が、
 
ちぎれた訳ではなかった
幟を支える棒の先端が折れたのだ
風に耐え切れなかったのは、
幟ではなく、棒の方だった
 
この状況から、僕は何を感じればいいのだろうか?