友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

タイガーマスクあるいは伊達直人ブーム

2011年01月13日 21時20分56秒 | Weblog
 タイガーマスクあるいは伊達直人ブームだという。各地の児童福祉施設に、ランドセルや文房具、中には野菜や米などが、タイガーマスクとか伊達直人の名前で届けられている。全国の都道府県全てに行き渡ったというから、確かにブームなのであろう。伊達直人ひとりではとても全国を回り切ることは出来ない。「中学生の伊達直人」とか「女性のタイガーマスク」とか名乗っている人もいるようだから、かなり多くの人が共鳴してあるいはブームに乗ろうとして行なっているのだろう。

 全国の都道府県で行なわれたとしても、全ての児童福祉施設にもれなく届けられているのだろうか。児童福祉施設は公立のものなのだろうけれど、私立はないのだろうか。一時的なブームだと評論する人もいたけれど、それでも「人のために役立てて欲しい」という気持ちは立派だと思うし、尊重していいのではないかと思う。なかなか他人のために身銭を切る人はいない。うるさいことを言うのであれば、そういう人こそ金を出してから物申すべきだろう。

 でも私は昔、たとえば全国的に行なわれている「赤い羽根」運動に積極的になれなかった。「赤い羽根」は町内で集めに来るので、皆さんと同額のお金は支払っている。街頭で呼びかけられた時は、呼びかけているのが子どもであったり高校生であったりするので、仕方なく募金するけれど、NHKの「歳末助け合い」運動に寄付することはなかった。本来は政府がやらなければならないことを、善意の人々に頼るとはケシカランと思っていたのだ。

 国の福祉政策がきちんと行なわれていれば、わざわざ「赤い羽根」運動など必要ないはずだと考えていた。どうも欺瞞にしか思えない。人々に善意を押し付けるペテンではないかと思った。しかし、大人になってみると、政府の福祉政策が行き届かないことは事実であっても、そして寄付を集めることがそうした不完全さを助長することになったとしても、困っている人々がいることも事実で、しかも悠長な理想論など言っているような余裕はない。

 こんなことで自分をごまかしていいのかという気持ちはあるけれど、でもまた、少しのお金でも役に立つならばと思って、「国境なき医師団」には寄付している。よく考えれば、国や地方自治体から補助金を受け取ることができるような組織は限られている。人々の支えがなければ成り立たない活動は想像を絶する数だろう。日本はそういう活動を支える基盤ができていないし、なんとなく怪しげな団体も多いから、寄付行為そのものが育っていない。

 政治活動にはお金が要るが、寄付してこれを支えようと考えてくれる人は少ない。むしろ、政治家からお金をせびる人たちがいる。「この人は立派なことをしているから、少しでも役立てて」とお金を寄付してくれるようになったなら、政治の世界はもっとクリーンになるだろう。市民運動についても、「大事なこと、いいことをやっている」と言うのであれば、一緒になって支えていく、そういう土壌ができていって欲しいと思う。
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