今日は8月最後の土曜日。つまり夏休み最後の土曜日である。そのためなのか、この地域の夏祭りが隣の小学校で、午後4時から始まった。まだ陽は高く、ジリジリと運動場を焼いている。それでも幼稚園や子ども会を中心にした出し物が次々と登場している。私はバルコニーから風を受けて眺めているだけだからいいけれど、演技をしている園児たちは暑さで大変だろう。
幼稚園児のバトン演奏、笛・太鼓の伝統的な祭りばやし、吹奏楽団の演奏、芸術大学の学生たちによるバンド演奏などが続く。盆踊りやヨサコイ踊りなどもこれから演じられるようだ。以前は演歌歌手が来て歌ったり、カラオケ大会もあったけれど、もっとみんなが参加できる夏祭りにしようと、内容も変わってきた。
幼稚園児の「祭りだ、祭りだ」というお囃子の中に、「祭りなんだから、もっと楽しもうよ」という歌詞が何度もできたが、これって何かに似ている気がした。クレージーキャッツだったかの植木等が歌っていたスーダラ節のような、目先の快楽を楽しもうと言っているようで、園児たちはどんな気持ちで歌っているのだろうと思うと、ちょっと笑ってしまった。
もともと日本の祭りは開放的だ。夏祭りなどは昼間だけでなく夜まで行なわれたから、気持ちもすっかり陽気になっていた。男女の間も急接近だったはずだ。人妻も処女もみんな祭りは無礼講である。だいたい日本には処女という言葉が生まれたのは明治になってからだ。キリスト教を中心とする西洋文化の影響で、男女が愛し合うのは夫婦に限られた。
まあ、そんな風に日本の祭りはこの時とばかりにみんなが楽しんだ。おそらくどこの国で、祭りはそんなバカ騒ぎを許している。長い間、何の楽しみもなく働いてきた人々にとって、祭りは唯一の楽しみだった。支配者にとっては、政治へ不満が向かう前に、大騒ぎしてエネルギーを爆発させたかったから、無礼講としたのだろう。
子どもの頃の夏祭りで覚えているのは、6年生の時のことだ。大人に混じって徹夜し、明け方のアスファルトに寝転んだ。まだ生暖かかった。中学の時は好きになった女の子が盆踊りで踊ると噂で聞いて、出かけていったけれど余りに人が多くて見つけることができなかった。私が育った町はすっかり様相が変わってしまった。卒業した小学校の私たちの教室は歴史資料室となり、伝統の夏祭りの道具も展示されていたが、夏祭りはまだ続いているのだろうか。
午後6時、市長の挨拶が始まった。もう少し暗くなったらバルコニーに机とイスを並べて、カミさんが買ってきた枝豆と焼きソバをつまみに、ビールでも飲みながら祭りを楽しませてもらうことにしよう。