朝から強い風が吹いている。太陽は顔を出しているのに、外は寒そうだ。先日、「湯村温泉はどうでしたか?」と聞かれ、どう答えてよいのか迷った。山陰の山間にある小さな温泉町で、温泉を売りにして町起こしに一生懸命に取り組んでいることはよく分かった。帰りに、「兵庫県立コウノトリの郷公園」と豊岡市の出石の城下町に寄ったけれど、どちらも観光地として力を入れている。
山陰地方は雪深く、平地も少ないので大きな工場はない。地形を生かした観光が大きな産業である。湯村温泉は吉永小百合さんの『夢千代日記』で一躍有名になった温泉町だが、町の規模は小さい。源泉は90度と高熱で、町の中心を流れる川が温泉で温められて丁度よい温度になるそうだ。川岸に設けられた「足湯」に、卒業旅行なのか若い女の子たちが群がり、惜しげもなく素足をさらけ出していた。
ここから近い城之崎温泉を真似するかのように、散歩道も作られていたけれど、昔っぽいひなびた感じがある方がいいのにと私は思った。私たちが泊まった宿はここでは一番大きく、お風呂もサービスも自慢するだけのことはあった。豪華なホテルで豪華な食事をして豪華なお風呂を充分に味合いたいと思う人が圧倒的に多いから、どこの温泉街も豪華になっていくのは止むを得ないのかもしれない。
出石の城下町も、彦根城前に作られた町や伊勢のおかげ横丁に似ている。犬山でもこれとよく似たまちづくりが進められている。どこだって同じようにしなければ、逆においていかれてしまうということだろう。日本中がどこへ行っても同じような街になっていくのは同じ理屈かも知れない。出石で地図に酒蔵とあった所へ行ってみた。土蔵は漆喰が落ちて土壁がむき出しになっていた。店の構えは無く、人影も無かった。声をかけると若い男の人が出てきた。
酒蔵の跡取りだった。店の中に日本画が4枚無造作に置いてあった。「ひょっとして、これはあなたの作品ですか?」と聞いてみた。有名な日展の作家だと言う。「本当は絵描きになりたかったけれど、家のために戻ってきたのかと思った」と話すと、「ストリーにはなるでしょうが‥」と笑う。ここの酒はおいしそうな気がした。