書店に行った時、朝日新聞への批判ばかりかケントギルバードさんのように、「日本人が愛国心を持たないのは占領政策の結果」といった論調の書籍が目についた。私自身は朝日新聞が「公正」の名のもとに政府寄りの論調に変わったので、購読をやめた。新聞を愛する私としては、公正よりもカラーを重視したい。報道機関がみな同じ色合いになることの方が怖い。
日本人は「愛国心が無い」と言えばそうではない。オリンピックで日章旗が上がれば喜ぶし、海外で日本人が評価されれば嬉しくなる。けれど、政府が国民に愛国心を強要した結果どうなったかを知っているから、滅多に愛国心など口にしない。今、「国家の利益」を強調する政治家や評論家が大手を振っているのは、敗戦の教訓をなきものにして、再び「強い国家」を目指しているからだ。
書店の入り口に吉野源三郎さんの『君たちはどう生きるか』のマンガ本が積まれていた。マンガにしたことで話題になっている本だ。孫娘のために買って読んでみた。確か、私が中学生の頃もブームで読んだ覚えはあるが、私の書棚にはなかった。昔を思い出そうとしてみたが、私には『君たちはどう生きるか』よりも『新約聖書』の方がストンと来るものがあった。
『君たちはどう生きるか』は15歳の少年を通して、人間はどういう存在で、どう生きることが「立派な人」なのかを説いていく。弱い者いじめなど子どもの世界によくあることから、何が正しくて、何が尊いかを考えさせていく。「人間らしい関係を」と説いているが、この本が発行された翌年には国家総動員法が発令され、戦線は拡大されていった。
『君たちはどう生きるのか』も『新約聖書』も戦争に対してなぜ無力だったのだろう。「君がいいと判断したことをやってゆくときにも、いつでも、君の胸からわき出てくるいきいきとした感情に貫かれていないといけない」のに、どうして若者たちは黙って戦地に向かったのだろう。いやむしろ、多くの若者が表面的には勇んで兵士になったのはなぜなのかと思う。