友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

学校の教育活動と地域のクラブ活動を区別する

2018年01月17日 17時59分59秒 | Weblog

  胃カメラの結果は「十二指腸に潰瘍が見られる」ということだった。やっぱりと思う。潰瘍ができるような社会生活からは卒業したと思ったのに、まだ若さが残っていたようだ。ところが肉体の老いは顕著で、麻酔のせいなのか身体がだるくて何もしたくない。

 新聞を見ていたら、中学校の運動部の活動を週2日以上休養するとあった。私が小学校の時は部活など無かった。夏休みに子ども会のソフトボールチームが、学校の運動場で練習したが、指導するのは町の兄ちゃんだった。中学校にはサッカー部、野球部、ソフトボール部、バスケット部、卓球部、テニス部、弓道部などの運動部の他、吹奏楽部や放送部があり、顧問と称する先生がいたが滅多に指導には来なかった。

 高校も同じで、さらにいろんな部活が行われていたが、熱心な先生もいたがほとんど無指導の状態だった。私は高校の教師になった時、生徒に請われて吹奏楽部の顧問を引き受けたが、全く名前だけで、指導は先輩たちが行ってくれた。夏休みの合宿訓練も生徒が計画し、私は計画書に印を押し、一緒に過ごしただけだった。

 小・中学校の部活がこれだけ盛んになったのはいつからだろう。市の大会から始まって、郡や県の大会があり、強くなればなるほど練習もきつくなり、父母の期待も大きくなる。教師の中には授業よりも部活に一生懸命な人もいる。部活を制限して欲しいと思っている教師にとっては、部活が命の教師や、我が子のために部活が絶対に必要と思っている父母の存在はあまりにも大きい。

 私はもう学校に部活動は必要ないと思う。「クラブ」をつくり、指導者を迎え、学校の施設を使って活動する方式に変える時代にある。学校の施設を地域の誰もが利用できるようにすればいい。子どもたちにサッカーを教えたい教師は地域の「クラブ」の指導者になればいい。学校の教育活動と地域の「クラブ」活動を分けるべきだと思う。

 

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