友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

上野千鶴子さんの市民講座に向けて動き出した

2016年04月05日 17時37分48秒 | Weblog

 チューリップが咲き揃ってきた。今年は全体に早いが、それでも15鉢がまだ未成熟だ。植え込んだのが比較的いつもよりも早かったのと、やはり暖冬の影響なのだろう。それと球根の種類の違いも大きい。ゆっくり大きくなって咲くのもいいが、こうして一度にパッと咲くのは華やかでいい。

 7月3日(日)の午後に開催する上野千鶴子さんの市民講座に向けて動き出した。書籍の販売は大和塾で引き受けるまでは決まっていたが、年度末のため進まなかった。今日、テーマと講演趣旨について上野さんに手紙をメールした。ところが年月日を2018年としてしまい、慌てて訂正の文書を送るドジを露呈してしまった。いや今日は、市役所とのやり取りでも文書を添付せずに送ってしまった。

 「いつも沈着冷静な人が」と冷やかされるくらい『桜の宴』で飲み過ぎたようだが、未だにその後遺症なのだろうか。「年を取るとドジばかりだ」と、先輩が嘆いていたが私も同じだ。私よりも年上の人たちは「男の意識」が強い。九州の出身者は「女は男に仕えるもの」と口にする人もいる。私の家は両親が教員の共働きだったので、女性だからという雰囲気はなかった。母は私に「紳士でいなさい」と口癖のように言った。

 父が台所に立つことはなかったが、母への思いやりは子どもでも分かった。男女共同参画の会議などで話題になるのは、男性が家事や子育てに励むべきということが多い。男性だって家事や子育てが楽しいと感じる人は多いと思う。私たちニューファミリーと呼ばれた世代は、公園などへ子どもを連れて一緒に遊んでいる。私が議員の時、学童保育の時間延長を求めると、保育に当たっていた保育士さんから「子どもが可哀想でしょう」とたしなめられた。

 両親も子どもたちも出来るだけ一緒に長くいられる社会がいい。労働時間が短縮されても生活に困らない社会がいい。働く者が生きがいを感じられる社会がいい。社会の仕組みや制度に挑戦しない男女共同参画論議などあり得ない。上野さんがどんな話をしてくださるのか、楽しみである。


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