陸上男子100メートルと200メートルで、下馬評どおりウサイン・ボルト選手が金メダルを獲得しました。下馬評・・・と言っても、今年7月、オリンピック代表選考会を兼ねたジャマイカ選手権の100メートル決勝では、もともと上手くないスタートで輪をかけて出遅れ、昨年の世界陸上100メートル決勝でフライングを犯したとして失格となった記憶が蘇り、フライング恐怖症に苦しんでいるのではないかと噂されましたし、200メートル決勝ではスタート自体は悪くなかったものの後半に逆転を許すという、見ようによっては更に悪い内容で、2種目とも若手のヨハン・ブレークに敗れる波乱があり、「五輪で伝説を作る」と宣言していたボルトを本命とすることを疑問視する声が出始めていたのもまた事実でした。ところが、ロンドン入りしたジャマイカのある陸上関係者がインタビューで「ボルトは怪物だから」と、格の違いを強調していた通り、圧倒的な強さを見せつけました。
そんな無敵に見えるボルトにも泣き所があるようで、脊柱側湾症という、背骨がS字状に湾曲する障害を抱えていることが北京五輪後に発覚したそうです。トレーニングが度を超すと膝や腰を痛めやすいのはそのせいだとされていますし、肩を交互に大きく上下させて進む規格外のフォームは、右側の骨盤と肩が下がっている体の“骨格”に起因する可能性が高いとされており、背骨を補正する努力を重ね、片側のシューズにクッションを入れているのも左右差の矯正が狙いとされています(産経新聞)。ジャマイカ選手権の不振はこの障害のせいのようですし、今回の200メートル決勝でも、最後に力を抜いて流さなければ好記録が出ただろうに・・・とがっかりした人が多かったと思いますが、実際に自身の世界記録(19秒19)更新の予感もあったようですが、「直線に入った時に少し背中が痛んだから、抑え気味にした」と安全レースを選択し、終盤はあえて減速したのだそうです(毎日新聞)。
それにしても、ジャマイカ勢は、100メートルでは男子が金と銀、女子は金と銅、200メートルでは男子が3つのメダルを独占、女子は銀、というように、北京大会あたりから、男女ともに短距離や4X100メートル・リレーでジャマイカ選手の強さが目立つようになりました。確かに最近になって目立ちますが、ジャマイカ人はもともと短距離には強いようで、男子100メートルの世界記録は、2005年6月に9秒77を出したアサファ・パウエル以降ウサイン・ボルトとのジャマイカ人二人が独占していますし、もっと言うと、1996年7月に9秒84の世界新記録(当時)をマークしたドノバン・ベイリーも、また、1988年のソウル五輪で9秒79の驚異的な世界新記録(当時)を出してあのカール・ルイスを破ったのも束の間、競技後のドーピング検査で陽性反応が出たことで世界記録と金メダルを剥奪され、ギネスブックには「薬物の助けを得たにせよ、人類が到達した最速記録」として但し書き付きで記録が掲載されたベン・ジョンソンも、カナダ国籍を取得していたジャマイカ人でした。ボルト自身も、練習環境の整った米国の大学からスカウトがあったそうですし、これまで米国やカナダ国籍を取得したジャマイカ人は他にも大勢いたことでしょう。最近のジャマイカ人の躍進は、ジャマイカ政府が自国の陸上選手の国外流出を防ぐ対策をようやく講じ始めた成果のようです。
さて、この陸上短距離二種目での五輪二大会連覇は、あのカール・ルイスですら達成出来なかった、史上初めての快挙です。カール・ルイスと言えば、私の世代にとってはスポーツ界の伝説的存在ですが、四半世紀を経て、ウサイン・ボルトもまた本人が言う通り伝説への道を着実に歩んでいるようです。因みにカール・ルイスは、走り幅跳びで五輪4連覇の偉業を達成しました。100メートルや200メートルほど注目されない周辺種目で競争は相対的に乏しいからか、あるいは走り幅跳びにこそ彼の本領が発揮できたからかは分かりません。ウサイン・ボルトも、走り幅跳びや更にはサッカー(マンUのファンらしい)に興味を持っていることを隠そうとしません。先ずは明日、4X100メートル・リレー決勝で五輪通算6個目の金メダルを狙います。
(追記 2012.08.12)
4X100メートル・リレー決勝では、前回、日本が銅メダルを獲得したのは僥倖であったことを如実に示すかのように、ジャマイカと米国の一騎打ちの様相で、最後はボルトが逃げ切り、世界新記録で優勝しました。ボルトにとっては、三種目で大会連覇という偉業です(ほとんど想定通りですが)。
そんな無敵に見えるボルトにも泣き所があるようで、脊柱側湾症という、背骨がS字状に湾曲する障害を抱えていることが北京五輪後に発覚したそうです。トレーニングが度を超すと膝や腰を痛めやすいのはそのせいだとされていますし、肩を交互に大きく上下させて進む規格外のフォームは、右側の骨盤と肩が下がっている体の“骨格”に起因する可能性が高いとされており、背骨を補正する努力を重ね、片側のシューズにクッションを入れているのも左右差の矯正が狙いとされています(産経新聞)。ジャマイカ選手権の不振はこの障害のせいのようですし、今回の200メートル決勝でも、最後に力を抜いて流さなければ好記録が出ただろうに・・・とがっかりした人が多かったと思いますが、実際に自身の世界記録(19秒19)更新の予感もあったようですが、「直線に入った時に少し背中が痛んだから、抑え気味にした」と安全レースを選択し、終盤はあえて減速したのだそうです(毎日新聞)。
それにしても、ジャマイカ勢は、100メートルでは男子が金と銀、女子は金と銅、200メートルでは男子が3つのメダルを独占、女子は銀、というように、北京大会あたりから、男女ともに短距離や4X100メートル・リレーでジャマイカ選手の強さが目立つようになりました。確かに最近になって目立ちますが、ジャマイカ人はもともと短距離には強いようで、男子100メートルの世界記録は、2005年6月に9秒77を出したアサファ・パウエル以降ウサイン・ボルトとのジャマイカ人二人が独占していますし、もっと言うと、1996年7月に9秒84の世界新記録(当時)をマークしたドノバン・ベイリーも、また、1988年のソウル五輪で9秒79の驚異的な世界新記録(当時)を出してあのカール・ルイスを破ったのも束の間、競技後のドーピング検査で陽性反応が出たことで世界記録と金メダルを剥奪され、ギネスブックには「薬物の助けを得たにせよ、人類が到達した最速記録」として但し書き付きで記録が掲載されたベン・ジョンソンも、カナダ国籍を取得していたジャマイカ人でした。ボルト自身も、練習環境の整った米国の大学からスカウトがあったそうですし、これまで米国やカナダ国籍を取得したジャマイカ人は他にも大勢いたことでしょう。最近のジャマイカ人の躍進は、ジャマイカ政府が自国の陸上選手の国外流出を防ぐ対策をようやく講じ始めた成果のようです。
さて、この陸上短距離二種目での五輪二大会連覇は、あのカール・ルイスですら達成出来なかった、史上初めての快挙です。カール・ルイスと言えば、私の世代にとってはスポーツ界の伝説的存在ですが、四半世紀を経て、ウサイン・ボルトもまた本人が言う通り伝説への道を着実に歩んでいるようです。因みにカール・ルイスは、走り幅跳びで五輪4連覇の偉業を達成しました。100メートルや200メートルほど注目されない周辺種目で競争は相対的に乏しいからか、あるいは走り幅跳びにこそ彼の本領が発揮できたからかは分かりません。ウサイン・ボルトも、走り幅跳びや更にはサッカー(マンUのファンらしい)に興味を持っていることを隠そうとしません。先ずは明日、4X100メートル・リレー決勝で五輪通算6個目の金メダルを狙います。
(追記 2012.08.12)
4X100メートル・リレー決勝では、前回、日本が銅メダルを獲得したのは僥倖であったことを如実に示すかのように、ジャマイカと米国の一騎打ちの様相で、最後はボルトが逃げ切り、世界新記録で優勝しました。ボルトにとっては、三種目で大会連覇という偉業です(ほとんど想定通りですが)。