風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

東京マラソンへの道(3)

2012-12-27 01:36:27 | スポーツ・芸能好き
 このタイトルの小文を先月末に書くつもりでした。11月25日の第1回富士山マラソン(旧・河口湖マラソン)に出場(した上で報告する)予定だったからですが、その前の週に風邪をひいてしまい、体調を崩して、直前の練習もままならず、出場を断念したのでした。富士山マラソンと言えば、折からの高速道路の大渋滞と駐車場不足により、エントリー2万3千人の内5千人がスタート時間に間に合わなかったと言われ、その運営の不手際を認めて、参加費の返金措置を講じることが報じられた、あの大会です。
 その後、出張を挟んで丸一ヶ月間、練習から遠ざかり、練習嫌いの私が走りたくてうずうずするまでになり、檻から放たれた子猿(?)のように、この三連休は37キロを走り込み、歩き辛いほどの筋肉痛に襲われて、それがとても幸せで心地よいのだから、畏れ入ります。
 その間、金哲彦さんの「ランニング・メソッド」(高橋書店)と「体幹ランニング」(講談社)を読みました。30年くらい前、インターハイを目指していた(そして所詮は叶わぬ夢だった)頃は、さしたる理論もなく、今では十分に認知されている必要な水分補給も殆ど行うことなく(でも隠れてがぶ飲みしていましたが)、唯一のテクノロジーと言うべき、今はなき伝説のハリマヤ・シューズを履いて、ひたすら走るだけの生活でした。あれから30年。金さんの本を読んで最も共感したのは、「正しい走り方を覚える」と言っても、それはただ「子供の頃の走り方に戻すだけ」という一言でした。子供は筋力がなく、骨格にも変なクセがついていないので、大人と違って余計な部分に力が入ったり身体のクセによってフォームが乱れたりすることなく、動きやすい方向に自然に動いていく、ランニングの理想は、身体が元来もっている性能を活かした走り方をすることだというわけです。逆に言うと、走りのコツは、仕事や家事でついた身体のクセを元に戻すことだと。腑に落ちました。脂肪がついてぶよぶよのお腹を見るだけで、あるいは視覚的なものではなく端的に体重が当時から15キロも増えた事実を思い出すだけで、なんとなく納得させられます。
 そして、「体幹」で走れば、速く、楽に走ることが出来る、ということらしい。楽に走ることが出来るというのは、無駄な力がかかっていないということであり、世の中のすべての運動体に必要な原理であるだけでなく、この歳になればなおさら重要です。「体幹(=ボディ・コア)」は胴体のことで、走るときに重要な働きをする背中、お腹、お尻などの筋肉、骨盤があり、力を発揮する源です。「体幹ランニング」は、体幹の筋肉に力を入れ、頭の先から足の先までを一本の線のようにして、まっすぐ着地する、その時に、重心がほんの少し前にあることがポイントで、慣性の法則に従って速く楽に身体を進めることが出来るというわけです。理屈の上では分からないではないですが、本を読んだところで、手取り足取り矯正してもらって身体で覚えないことには、自分一人では分かりにくい感覚ではあります。
 もう一つ、走るコツとして大いなる気づきになったのは、苦しくなった時の呼吸法で、息を吸おうとするのではなく、十分吐き切ることが重要、吐き切れば自然に入って来るということでした。最近は、息を吐くことによってリズムを作ることを心がけているのですが、これは効果がありそうです。
 いよいよ東京マラソンまで二ヶ月を切りました。丸一ヶ月休んだことで、筋肉痛にはなっても関節痛が再発することはなくなったということは、練習不足で焦りながらも、当初はぎくしゃくしていた身体を、走るためにじっくり熟成させマラソンに向けて準備させる、一種の休養期間になったのではないかと、ポジティブに捉え、もう一度、走り込みによって一から身体を鍛え直したいと思っています。
コメント
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