先日、日下公人さんの講演を聞くチャンスがありました。深い見識に裏付けられ、「達観」して、噺家のような軽妙洒脱な喋りに魅了されました。講演のテーマはあって、無きが如し。テーマに直截斬り込むでなく、その周辺を、話は縦横無尽に駆け巡りつつ、終わってみれば、なんとなくテーマについて考えさせられる、不思議な魅力がありました。ここでは、いくつか氏らしさを感じさせる話題を紹介します。
例えば日本は、国際会議に弱い、特に国連に弱い、国連は日本から金を巻き上げるための仕掛けなのに・・・と言いにくいことにずけずけと踏み込みます。しかし、金を出す以上、国連のそこがオカシイ、ここがオカシイと、日本ははっきり言うべきだ、反対されれば、日本が第二の国連を作る(脱退するのではなく)とケツまくればいい、恐らく192ヶ国中、150ヶ国はついて来るであろう、アメリカだってついて来るのではないか、などと、一見、極端に見えながら、至極まっとうに、これまでの日本のありように自信をもってよいこと、そして自信をもって進むべき今後の日本のありようを説かれます。
また、交渉事において、ビジネスマンなら、止める!と言って席を蹴ることができる、自分の経験でも、中国人ですら、翌日朝、帰国する空港で待っていたことがあった、つまり交渉では彼らは芝居をしていることが分かる、売った・買ったという商売にこそ本音が出るわけだ、そして角が立たない、ところがこうした経験は政治家にも官僚にも学者にもないのが問題だ、などと、ばっさり切り捨てます。
もう一つ、氏がものしたある本では、産業革命が始まったとき、人々が何と言ったかは、殆どが歴史の中から消えてしまって、いま残っているのはアダム・スミスが書いた「国富論」(1776年)が有名である、と説きおこし、彼は「経済学の父」と呼ばれるように、経済学はアダム・スミス以降に誕生したとされるから、アダム・スミスもこの本を書くまでは経済学者ではなかった、道徳哲学者で倫理学および論理学の教授だった、と、私のような経済素人はおや!?と思うようなウンチクを続けます。同書の中で、有名な一節「見えざる手が働いて、市場では君主の規制がなくても均衡が実現する。均衡実現への推進力は市場参加者の営利精神でそれしかないが、それでも社会に貢献する働きをするのが市場の不思議なところだ」と書き、それは「強欲なのはいいことだ」へと発展したが、彼はそんなことまで言っていない、彼はその前に「道徳感情論」(1759年)という道徳の本を書いて、社会と経済の全般にわたる君主の規制を承認して、当時の社会から信用を得ていた、つまり、当時、市場の縛りには君主の規制やキリスト教の厳然とした力があったが、「市場では自己愛の集まりにもプラスが生じる」と認めたことが新鮮で、時代は産業革命前夜で、勢力を得つつあった商工業者はこの説を喜び、産業革命が進行すると、後に続く人たちはこの考えを、「見えざる手が全てを解決してくれる」といったイデオロギーにしてしまった、当時は社会のベースに道徳や倫理があり、人間は道徳的でなければならないという大前提の下で暮らしており、そうした縛りがあった上で「営利精神はあってもいい」ということであって、アダム・スミスは野放図な強欲を肯定したわけではない、と言います。なるほど、本は「書かれたことが全て」ですが、本そのものもまた歴史の一コマであることを思えば、歴史を解釈するのと同様、時代背景とセットにして読まないと、誤解しかねないことを指摘しつつ、同時に、現代という時代状況を皮肉っておられます。
論理は、あらゆる可能性を孕みます。そのため、若い人は、得てして様々な可能性を追求したくなりますが、人は経験によって、Practicalではないロジックを排除することにより、真理へとストレートにワープすることができるようになります。“勘”が侮れないのはそのためであり、また長老の知恵とは、そういうものであることを、ようやくこの歳にして知りました。些事を切り捨て、重要なことにしか興味をもたないのは、単に短気になったり、面倒臭がったりしているわけではなく、枯れて脂肪が取り払われた末の本質を露わにしているに過ぎない。その枯れた姿に至る、長い年月の試練に思いを致すとき、簡潔な言葉の余韻に限りない味わいを覚えます。
例えば日本は、国際会議に弱い、特に国連に弱い、国連は日本から金を巻き上げるための仕掛けなのに・・・と言いにくいことにずけずけと踏み込みます。しかし、金を出す以上、国連のそこがオカシイ、ここがオカシイと、日本ははっきり言うべきだ、反対されれば、日本が第二の国連を作る(脱退するのではなく)とケツまくればいい、恐らく192ヶ国中、150ヶ国はついて来るであろう、アメリカだってついて来るのではないか、などと、一見、極端に見えながら、至極まっとうに、これまでの日本のありように自信をもってよいこと、そして自信をもって進むべき今後の日本のありようを説かれます。
また、交渉事において、ビジネスマンなら、止める!と言って席を蹴ることができる、自分の経験でも、中国人ですら、翌日朝、帰国する空港で待っていたことがあった、つまり交渉では彼らは芝居をしていることが分かる、売った・買ったという商売にこそ本音が出るわけだ、そして角が立たない、ところがこうした経験は政治家にも官僚にも学者にもないのが問題だ、などと、ばっさり切り捨てます。
もう一つ、氏がものしたある本では、産業革命が始まったとき、人々が何と言ったかは、殆どが歴史の中から消えてしまって、いま残っているのはアダム・スミスが書いた「国富論」(1776年)が有名である、と説きおこし、彼は「経済学の父」と呼ばれるように、経済学はアダム・スミス以降に誕生したとされるから、アダム・スミスもこの本を書くまでは経済学者ではなかった、道徳哲学者で倫理学および論理学の教授だった、と、私のような経済素人はおや!?と思うようなウンチクを続けます。同書の中で、有名な一節「見えざる手が働いて、市場では君主の規制がなくても均衡が実現する。均衡実現への推進力は市場参加者の営利精神でそれしかないが、それでも社会に貢献する働きをするのが市場の不思議なところだ」と書き、それは「強欲なのはいいことだ」へと発展したが、彼はそんなことまで言っていない、彼はその前に「道徳感情論」(1759年)という道徳の本を書いて、社会と経済の全般にわたる君主の規制を承認して、当時の社会から信用を得ていた、つまり、当時、市場の縛りには君主の規制やキリスト教の厳然とした力があったが、「市場では自己愛の集まりにもプラスが生じる」と認めたことが新鮮で、時代は産業革命前夜で、勢力を得つつあった商工業者はこの説を喜び、産業革命が進行すると、後に続く人たちはこの考えを、「見えざる手が全てを解決してくれる」といったイデオロギーにしてしまった、当時は社会のベースに道徳や倫理があり、人間は道徳的でなければならないという大前提の下で暮らしており、そうした縛りがあった上で「営利精神はあってもいい」ということであって、アダム・スミスは野放図な強欲を肯定したわけではない、と言います。なるほど、本は「書かれたことが全て」ですが、本そのものもまた歴史の一コマであることを思えば、歴史を解釈するのと同様、時代背景とセットにして読まないと、誤解しかねないことを指摘しつつ、同時に、現代という時代状況を皮肉っておられます。
論理は、あらゆる可能性を孕みます。そのため、若い人は、得てして様々な可能性を追求したくなりますが、人は経験によって、Practicalではないロジックを排除することにより、真理へとストレートにワープすることができるようになります。“勘”が侮れないのはそのためであり、また長老の知恵とは、そういうものであることを、ようやくこの歳にして知りました。些事を切り捨て、重要なことにしか興味をもたないのは、単に短気になったり、面倒臭がったりしているわけではなく、枯れて脂肪が取り払われた末の本質を露わにしているに過ぎない。その枯れた姿に至る、長い年月の試練に思いを致すとき、簡潔な言葉の余韻に限りない味わいを覚えます。