かれこれ一ヶ月くらい前のことになりますが、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の新型ロケット「イプシロン」初号機が打ち上げられ、搭載した「惑星分光観測衛星SPRINT-A」(「ひさき」と命名)が予定の軌道に投入されました。当初打ち上げが計画されていた8月22日が27日へ、さらに9月14日へと、二度にわたって変更されながら、当日、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所には、2万人の見学客が訪れたと言いますから、人々の注目のほどが分かります。
特に私のような世代以前の人には、今から44年前(1969年7月21日)、アポロ11号が人類を初めて月面に立たせた記憶があり、当時、宇宙への夢を掻き立てられたように、その感動を子供たちに伝えたいという思いがあります。そのとき、アームストロング船長が発した言葉が後に有名になります。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である(That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind.)」 私よりもう一世代古い方々には、ボストーク1号による人類初の有人宇宙飛行(1961年4月12日)を記憶されているかも知れません。成功させたユーリイ・ガガーリン大佐の言葉「地球は青かった」は、実は日本でのみ有名で、4月13日付イズベスチヤに掲載されたルポ(着陸地点にいたオストロウーモフ記者によるもの)「空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた」(Небо очень и очень темное , а Земля голубоватая)からの引用とされます。日本以外では「ここに神は見当たらない」という言葉が有名なのだとか(Wikipedia)。日本と日本以外の自然観や宗教観を連想させてなかなか面白いと思いますが、余談です。
二点述べたいと思います。一つは、コンピューターとの関連、もう一つは軍事技術との関連です。
アポロ11号打ち上げのとき、巨大な管制室に大勢の人が詰めていた状況が思い浮かびますが、実際に地上で待機していたコンピュータ群は、IBMのメインフレーム370シリーズ8台だったと言われます。今回、「イプシロン」を同列に論じてよいのか疑問はありますが、「パソコン2台で機動的に運用できるモバイル管制と合わせて、点検や管制に携わる人手を省力化した」と報じられ(産経新聞)、発射管制室は小ぢんまりしていたそうです。もっとも、コンピュータのサイズ小型化は、性能が進歩しているから当然のことで、アポロ11号のメインフレームは、メモリ2MB、クロック・スピード800KHz、ハードディスクの容量は全部合わせて2GBだったと言いますから、今のパソコン以下の性能で、今回もパソコンで制御しているという意味では、そもそもその程度のことでしかないということに驚かされます。むしろ、今回、機体を自動点検する人工知能装置を世界で初めて搭載したことで、今後、ロケットや探査機は、自律型の宇宙飛行ロボットに進化していくのが、なかなか興味深く感じられました。
また、今回のような衛星打ち上げ機(Satellite Launch VehicleまたはSpace Launch Vehicle)と、弾道ミサイルの間には技術的な差がないと言われるのはその通りで、搭載物(ペイロード)と飛ばし方(トラジェクトりー)が違うだけなのだそうです(因みに「ロケット」とは推進手段の呼び名で、「打ち上げ機」や「ミサイル」は用途(目的)による呼び名)。そもそも宇宙開発は初めから弾道ミサイルの技術に乗っかって進展して来ました。そのため、中国や韓国のメディアは、今回のイプシロン打ち上げに敏感に反応しています。「イプシロンの技術は弾道ミサイル製造に転用できるため、軍用目的についての臆測を呼んでいる」(中国中央テレビ)、「日本が14日、大陸間弾道ミサイルへの転用も可能な新型固体燃料ロケット『イプシロン』の打ち上げを成功させた」(朝鮮日報日本語版)といった具合いです。航空評論家の浜田一穂氏によると、国内でも、日本のロケット開発は弾道ミサイルの隠れ蓑と疑いの目で見られ(他方、タカ派からは熱い期待を寄せられ)、実際にこれまでの日本のロケット技術はおよそミサイルには向かないように発達してきており、言わば一品生産の工芸品のようなもので、今回のイプシロンによって打ち上げの手間が大幅に簡略化されたとはいえ、大陸間弾道弾の開発には、さらに再突入体(RV)の開発など技術的なネックはあるようです。しかし「過大評価で恐れられるのもまた一つの安全保障」と、同氏も述べておられます(「軍事研究」11月号)。
「イプシロン」は、旧・文部省宇宙科学研究所が開発したM5ロケットの後継機にあたります。M5と言えば、世界最大級の固体燃料ロケットで、小惑星探査機「はやぶさ」の打ち上げなどで成果を上げましたが、75億円と割高な打ち上げ費用が問題視されて、2006年にいったん廃止されました。そこで、「イプシロン」では、打ち上げ能力をかつてのM5の約7割に抑える一方、低コスト化を徹底的に追求し、開発費はM5と比べて4割減の205億円、打ち上げ費用は半減の38億円(定常運用時)に抑えることに成功しました。これまでの主力機H2Aと比較しても、全長は約24メートルでほぼ半分、ペイロードは1・2トンで約8分の1、その代わり打ち上げ費用は3分の1に近く、日本は低コストで機動力のある新ロケットを手にしたわけです。政府の宇宙政策委員会は、液体燃料を使うH2Aやその増強型であるH2Bなどの大型機と同様に、固体燃料を使う小型機の「イプシロン」を、国にとって不可欠な「基幹ロケット」と位置付ける方針を打ち出しました。こうして、今後、多様化する衛星需要に柔軟に対応できるようになります。
去る5月、もう一つの基幹ロケットH2Aの後継となるH3ロケットの開発に着手することが報じられました(2020年に打ち上げ目標)。以前、このブログに、技術の伝承の難しさについて書きましたが(注)、三菱重工によると、H2Aの開発が始まった1996年から既に17年が経過し、宇宙開発事業団(当時)とともに開発に携わった技術者は高齢化が進み、同社に部品を供給するなどした会社のうち、2011年度までに54社がロケット事業から撤退したそうで、ロケットの技術力を維持するためには、新規開発の機会が必要だと言います。とりわけ、偵察衛星も打ち上げるH3ロケットは、国の安全保障を担います。ロシアでは、旧ソ連崩壊後の財政難で技術開発が停滞し、この3年半で8回も打ち上げに失敗したのは、「技術者の流出や高齢化に直面している可能性がある」(文部省)と見ており、日本には同じ轍を踏んで欲しくありません。
(注)「ものづくり命」http://blog.goo.ne.jp/mitakawind/d/20130925
特に私のような世代以前の人には、今から44年前(1969年7月21日)、アポロ11号が人類を初めて月面に立たせた記憶があり、当時、宇宙への夢を掻き立てられたように、その感動を子供たちに伝えたいという思いがあります。そのとき、アームストロング船長が発した言葉が後に有名になります。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である(That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind.)」 私よりもう一世代古い方々には、ボストーク1号による人類初の有人宇宙飛行(1961年4月12日)を記憶されているかも知れません。成功させたユーリイ・ガガーリン大佐の言葉「地球は青かった」は、実は日本でのみ有名で、4月13日付イズベスチヤに掲載されたルポ(着陸地点にいたオストロウーモフ記者によるもの)「空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた」(Небо очень и очень темное , а Земля голубоватая)からの引用とされます。日本以外では「ここに神は見当たらない」という言葉が有名なのだとか(Wikipedia)。日本と日本以外の自然観や宗教観を連想させてなかなか面白いと思いますが、余談です。
二点述べたいと思います。一つは、コンピューターとの関連、もう一つは軍事技術との関連です。
アポロ11号打ち上げのとき、巨大な管制室に大勢の人が詰めていた状況が思い浮かびますが、実際に地上で待機していたコンピュータ群は、IBMのメインフレーム370シリーズ8台だったと言われます。今回、「イプシロン」を同列に論じてよいのか疑問はありますが、「パソコン2台で機動的に運用できるモバイル管制と合わせて、点検や管制に携わる人手を省力化した」と報じられ(産経新聞)、発射管制室は小ぢんまりしていたそうです。もっとも、コンピュータのサイズ小型化は、性能が進歩しているから当然のことで、アポロ11号のメインフレームは、メモリ2MB、クロック・スピード800KHz、ハードディスクの容量は全部合わせて2GBだったと言いますから、今のパソコン以下の性能で、今回もパソコンで制御しているという意味では、そもそもその程度のことでしかないということに驚かされます。むしろ、今回、機体を自動点検する人工知能装置を世界で初めて搭載したことで、今後、ロケットや探査機は、自律型の宇宙飛行ロボットに進化していくのが、なかなか興味深く感じられました。
また、今回のような衛星打ち上げ機(Satellite Launch VehicleまたはSpace Launch Vehicle)と、弾道ミサイルの間には技術的な差がないと言われるのはその通りで、搭載物(ペイロード)と飛ばし方(トラジェクトりー)が違うだけなのだそうです(因みに「ロケット」とは推進手段の呼び名で、「打ち上げ機」や「ミサイル」は用途(目的)による呼び名)。そもそも宇宙開発は初めから弾道ミサイルの技術に乗っかって進展して来ました。そのため、中国や韓国のメディアは、今回のイプシロン打ち上げに敏感に反応しています。「イプシロンの技術は弾道ミサイル製造に転用できるため、軍用目的についての臆測を呼んでいる」(中国中央テレビ)、「日本が14日、大陸間弾道ミサイルへの転用も可能な新型固体燃料ロケット『イプシロン』の打ち上げを成功させた」(朝鮮日報日本語版)といった具合いです。航空評論家の浜田一穂氏によると、国内でも、日本のロケット開発は弾道ミサイルの隠れ蓑と疑いの目で見られ(他方、タカ派からは熱い期待を寄せられ)、実際にこれまでの日本のロケット技術はおよそミサイルには向かないように発達してきており、言わば一品生産の工芸品のようなもので、今回のイプシロンによって打ち上げの手間が大幅に簡略化されたとはいえ、大陸間弾道弾の開発には、さらに再突入体(RV)の開発など技術的なネックはあるようです。しかし「過大評価で恐れられるのもまた一つの安全保障」と、同氏も述べておられます(「軍事研究」11月号)。
「イプシロン」は、旧・文部省宇宙科学研究所が開発したM5ロケットの後継機にあたります。M5と言えば、世界最大級の固体燃料ロケットで、小惑星探査機「はやぶさ」の打ち上げなどで成果を上げましたが、75億円と割高な打ち上げ費用が問題視されて、2006年にいったん廃止されました。そこで、「イプシロン」では、打ち上げ能力をかつてのM5の約7割に抑える一方、低コスト化を徹底的に追求し、開発費はM5と比べて4割減の205億円、打ち上げ費用は半減の38億円(定常運用時)に抑えることに成功しました。これまでの主力機H2Aと比較しても、全長は約24メートルでほぼ半分、ペイロードは1・2トンで約8分の1、その代わり打ち上げ費用は3分の1に近く、日本は低コストで機動力のある新ロケットを手にしたわけです。政府の宇宙政策委員会は、液体燃料を使うH2Aやその増強型であるH2Bなどの大型機と同様に、固体燃料を使う小型機の「イプシロン」を、国にとって不可欠な「基幹ロケット」と位置付ける方針を打ち出しました。こうして、今後、多様化する衛星需要に柔軟に対応できるようになります。
去る5月、もう一つの基幹ロケットH2Aの後継となるH3ロケットの開発に着手することが報じられました(2020年に打ち上げ目標)。以前、このブログに、技術の伝承の難しさについて書きましたが(注)、三菱重工によると、H2Aの開発が始まった1996年から既に17年が経過し、宇宙開発事業団(当時)とともに開発に携わった技術者は高齢化が進み、同社に部品を供給するなどした会社のうち、2011年度までに54社がロケット事業から撤退したそうで、ロケットの技術力を維持するためには、新規開発の機会が必要だと言います。とりわけ、偵察衛星も打ち上げるH3ロケットは、国の安全保障を担います。ロシアでは、旧ソ連崩壊後の財政難で技術開発が停滞し、この3年半で8回も打ち上げに失敗したのは、「技術者の流出や高齢化に直面している可能性がある」(文部省)と見ており、日本には同じ轍を踏んで欲しくありません。
(注)「ものづくり命」http://blog.goo.ne.jp/mitakawind/d/20130925