風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

横浜マラソンへの道(6)

2015-02-21 01:03:31 | スポーツ・芸能好き
 先週末のことになりますが、2月15日、青梅マラソンを走ってきました。
 JR青梅線河辺駅界隈をスタート/ゴールとして、青梅線沿いに奥多摩の山をなだらかに上り、川井駅界隈で折り返して、なだらかに下る、30キロのコースです。風が強い日でしたが、走っている間は山陰のせいか気になりませんでした。寒さもさほど厳しいものではなく、真冬のマラソン日和だったと言えます。
 特徴の一つは、「田舎の大会」と言ってしまえば甚だ失礼なのですが、狭い道に1万2千人がひしめきあい、スタートから1時間くらいは大渋滞で、抜け出すのが大変でした。しかし、良い意味でも「田舎の大会」で、沿道に立って声援を送って下さる地元の方々が多く、言わばお祭りの一つなのでしょうか、子供たちや養老院のお年寄りまで車椅子で観戦してくれただけでなく、いろいろな方の差し入れも多彩で、水あり、バナナあり、チョコレートやパンやみかんやヤクルトまで頂いて、大会当局側の給水所が限られていましたし、11時半という、お腹が空き始めるタイミングでのスタートでしたので(昼近くのスタートは寒さ対策でしょうか)、大変助かりました。
 特徴のもう一つは、やはり山道はタフだったということです。前半、上り坂を駆け抜けながら、キツイと感じつつも、一体どれくらい上っているのかよく分からないまま、とにかくこの前半をなんとか凌げば、後半、だらだらの下りは勢いで流せるのではないかと安易に考えていたのですが、下り始めると、こんなに上って来たのかとあらためて驚くほどの勾配で、実際に股関節がガチガチに固まって、もはや流すだけの体力は残っておらず、完走するのに3時間18分もかかってしまいました。30キロなのに「マラソン」と称するのを非難する声なきにしもあらずですが、なかなかどうして、チャレンジングなコース・レイアウトで、ハーフ・マラソン慣れしてしまっていたのと、年明け以降は走り込み不足で、週一にとどまり、先々週は海外出張による運動不足も加わって(週一の練習はコンスタントに続けていたのに、筋肉痛になるほど衰えました・・・日本の社会では「歩く」ことが多いものですね。
 この記録は、25キロ付近で、急に視界が白く飛んでしまって、十数分間、歩いたせいでもあります。ちょうどTVドラマや映画などで、真夏の海の映像が、光が溢れて色彩が薄れて行くのに似ていて、他人のゼッケン番号が読み取れなくなるほど、目に映じる風景が白く眩しく霞んで行きました。突然の白内障?などと良からぬ思いに囚われて不安を感じ、暫く歩いてみたものの、なかなか治りそうにないので、結局、ちまちま走り始めるうちに、いつの間にか元に戻っていましたが、後日、マラソン好きの同僚に話したところ、低血糖ではないかとの診断でした。以下はそのときのアドバイスです。

 視界が白く飛んだという事であれば、瞳孔が開いたのだと思います。瞳孔散大は、低血糖や低血圧でも起こります。10分ほど歩いても治らなかったのであれば低血圧ではなく低血糖でしょうか。お昼頃のスタートなので空腹で血糖値が低い状態になっていたのかもしれません。血糖値が低い状態の時に「バナナ」「チョコレート」「パン」などを大量摂取すると血糖値が急激に上がり、それを抑えるためにインスリンが分泌され、返って血糖値が下がってしまいますので、気を付けないといけません。低血糖の症状としては、瞳孔散大の他に手指の震え、脱力感、冷や汗、寒気、眠気等に加え思考能力の低下、意識の酩酊などの症状もあるので、要注意です。私は、フルマラソンの時は「ブドウ糖」のタブレットをポケットに入れてます。やばいかなと思った時に口に入れますが、これも一遍にいくつも食べるとよくありません。15分くらい時間を空けて食べた方がいいですね。

 人間の生命の営みは、化学反応によって成り立っているという素朴な科学的事実を、あらためて感じました。マラソンを走るときの限界あるいはリスクというものをしっかり把握し手当しておく必要があることを、我々ど素人の市民ランナーは肝に銘じるべきでした。
 ただ良いニュースもあって、足裏のマメ対策に、普段、練習で使っている靴で走ったところ、30キロという距離にも関わらず無傷でした。アシックスの“ライトレーサー”というモデルで、勝負靴として購入した、そして過去三ヶ月三度のハーフ・マラソンで足裏にマメを作った同じアシックスの“ターサー”というモデルの、“弟分“と言われています(”弟分”とは要は廉価版の意味)。同じメーカーの同じサイズですが、モデルが違うと、こうも結果が違ってくるものでしょうか。いずれにせよ、走り方の問題ではなく、どうやら靴が足に合っていなかっただけのようだと判明して、ちょっと安心しています。
 大会運営上、必ずしも問題なしとしませんが(例えば預け荷物は事前予約制とは気づきませんでした)、地元民と一体になった独特の雰囲気は、マラソン好きの同僚が「昭和の雰囲気を感じる大会」と形容したように、まさに、なんだか昔懐かしい、また帰って来たくなる(実際、コース途中のある地点では毎年「帰ってこいよ」の唄を大音量で流しているようですが(苦笑))と思わせる大会でした。
コメント
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