風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

水であれ

2019-08-17 01:18:52 | 時事放談
 香港の若者たちは、今なお逃亡犯条例・改正案を巡って(と報道されているが、その実、真の民主化を目指して)抗議活動を続けているようだ。
 中国政府は12日、「過激なデモ参加者が警官を攻撃した。重大な犯罪であり、テロリズムの兆候が出始めている」と非難した。将来的な武力制圧を正当化するかのように「テロ」という言い回しをしたため、トランプ大統領もさすがに座視するわけには行かず、13日、ツイッターで「米情報機関によると、中国政府は香港との境界に部隊を移動させている」と述べて中国側の動きを牽制するとともに、全当事者に冷静な行動を要求した。トランプ大統領としては、人権問題を懸念すると言うよりも、かつての天安門事件で武力制圧された結果、中国と西側との間で経済交流や諸々の交渉すらも止まってしまったことの再現(つまり米中貿易協議が停滞しかねないこと)を懸念しているようだ(結果として、当時は日本の天皇陛下が中国を訪問することで雪解けが始まったのは、アメリカの要請があったためと言われる)。日本の外務省も14日、香港への渡航について十分な注意を呼び掛ける「レベル1」の危険情報を出したのは、1997年の香港返還後、初めてらしい。そして昨15日、中国共産党の習近平指導部や長老らが集う北戴河会議がどうやら終わったようで、米中問題だけでなく、香港問題についても話し合われたはずで、今後、中国共産党がどのような対応をして来るのか注目される・・・とまあ、他人事のように淡々と書いてきたが、恐らく多くの日本人と同様、一国二制度の香港の行く末を案じている。日本人は、日韓関係では、韓国の国民が不買運動で盛り上がっているようには盛り上がらず(それが日本人の成熟だろう 笑)、香港に対しても盛り上がりを欠くとの批判的な見方があるが、いずれにしても、日本にいる日本人としては応援したくてもどうしようもないのが現実だ。
 今日の日経に、Financial Times紙のギデオン・ラックマン氏の論考「反自由主義こそ時代遅れ」が掲載され、モスクワと香港の市民デモに余りに共通性があることに衝撃を受けた、とあったのが興味深かった。氏は実際に香港と(一週間後に)モスクワを訪問したらしく、両都市での抗議デモの規模は違うとは言え、参加する人たちの士気が極めて高いこと、若者の多さが目立つこと、抗議運動に単一の指導者がいないこと、「見せかけだけの民主主義」に対して怒っていること、そしていずれも一つの不満に基づくものから広範な運動に展開して行った様子が見て取れる、といった点で似ているという。
 本ブログのタイトルはブルース・リーの言葉で、香港のデモ参加者たちのスローガンになっているらしい。まさかブルース・リーが出てくるとは思わなかった。私の世代でブルース・リーに憧れなかった男の子はいないのではないか(!)と思うのだが、私は辛うじて「死亡遊戯」を劇場でリアルタイムに見て、彼に憧れ、エキスパンダーなる道具を買って体力づくりに勤しみ、高校時代、陸上部で真面目に走る合い間に「ブルース・リーごっこ」をしては、亡き彼を偲んだものだった(苦笑)。ジャッキー・チェンは可哀想に中国共産党に取り込まれてしまって、国営中央テレビで「最近、香港で起きたことに心が痛む」「安全と安定」こそが大事だと語ったらしいが、ブルース・リーは既にこの世にいなくて(香港返還も、権威主義的な中国の存在も知らず)幸いだったかも知れない。抗議行動の若者たちは、「水のように柔軟であれ」という彼の言葉に倣って、固定的で予測可能な戦術を採らないようにしているようだ。移動に当たっては、鉄道利用をカード払いではなく現金払いにすることで追跡を逃れるようにしているとかねて報道されていたが、最近は、警察を消耗させるため、短時間で場所を変えながら道路封鎖などの抗議活動を繰り返しているともいう。私も、アメリカ駐在時(と言っても20年前のことだが)、2000人からなる工場を閉鎖するリストラ計画を決めて、別に私のようなぺーぺーが気にしても仕方ないのだが、株主である日本人の一味ということで、人事から、毎日の通勤経路を変えるよう指示されたことを懐かしく思い出す。実際に、私の上司は、自宅に駐車していた車を何者かによってパンクさせられたのだが、それだけで済んで良かったと思う。
 閑話休題。ギデオン・ラックマン氏の論考は、プーチン大統領がFT紙のインタビューで「自由主義的な考え方は時代遅れになった」と発言したことに抵抗しており、確かにトランプ大統領のハチャメチャな発言に接しているとプーチン大統領の言わんとすることも分からなくはないが、人類の歴史上、中・露の権威主義的なありようにこそ無理があり、それを跳ね返せない自由主義陣営にもどかしい思いをしつつ、戦後、アメリカを中心に築きあげてきたリベラルな国際秩序をなんとかして守って行きたいものだと切に思うのであった。
コメント
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