それなりの境地。
私なりの長きに亘る意識活動の手応えとして『自然クライン環』構造があらゆる生命場の基盤になっているとの考察にひとまず落ち着いている訳だが 言葉に定着させたからといってそ......
私なりの長きに亘る意識活動の手応えとして『自然クライン環』構造があらゆる生命場の基盤になっているとの考察にひとまず落ち着いている訳だが 言葉に定着させたからといってそれらが丸々高次イメージとして相互に遣り取り出来るものではないのである。
やはり たゆまない自然への畏敬と自身もその一部であるという無限の恩恵を自覚し得て初めてそれなりの境地に至れるものであるように思う。
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やはり 『人』が超えられない領域は立体(超立体)と平面との次元の相違である。『人』自身が超立体即ち周波数層と生体とを結ぶクライン環構造であるにも拘らず その眞實を容易に超客観認識出来難いところが当(まさ)に神が課した永遠の課題となっているのであろう。