ほっぷ すてっぷ

精神保健福祉士、元新聞記者。福祉仕事と育児で「兼業」中。名古屋在住の転勤族。

行政機関と報道機関

2009-12-20 15:01:46 | Public
 「行政」という主体は、ここが地方都市だからか、とても大きい存在。
制度政策、統計資料、なんだかんだと情報を求めることは多い。
議会の情報にしたってそう。

 報道機関の立場から考えてみて、それをどれくらい要求できるものなのか。
「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」なんていう法律もあるが、
実際、細々したところをどうするのか。論理構造はどういったものなのか。

 前に、山崎豊子の『運命の人』の感想で書いたけれど、報道側の権利の
説明としては、憲法上の表現の自由があり、それに付随する報道の自由がある、
のだと思う。
 では行政側には「要求者の表現の自由を尊重する」というインセンティブ以外に
はないのか?主体的な公開の意味はないのか?

 ここで問題にしているのは、たとえば市議会の議案説明書の内容量とか、
一般通告の内容とか、細かくて行政側に公開量の裁量権がかなりある場合。
「すでに作ってある文書を出す、出さない」ではなくて、
「どれくらい文章として書くか」「出すにしても、議会開会のその日に出すか
2日後くらいに出すか」とかいう微妙な場合。
仮に、後者のような対応でも、市民から100%の割合で責められる、
なんてことにはならない。

 人と話しているうちに思ったのだけど、これは行政の自由ではないかな。
制度政策を報道に説明したり、資料を公開したり、公開用ではない内部資料にして
もコピーして提供したり、「あまり大きな声では言えないけど、うまくいって
ないんですよ」って言ったり。
 これらのことは、たぶん、行政が批難を浴びることがあるかもしれないけど、
巡り巡って行政には良い影響をもたらす。と思う。
 とすると、行政自身の「良い行政にしたいか」という思いの強さとか、
「巡り巡って良い影響をもたらすと信じられるか」ということの強さをもって
自分たちで選択することじゃないかな。

 こんなことを考えたのは、報道の人が、あまりに「公開が当然だ」「隣の市では
これくらい出してる」「こういうものは文書に起こした物を配るべきだ」
といった要求調で、「なんでそこまで言えるの?」と思うことが多いかったからだ。

 以上の話とは別に、行政と報道は、ギブ&テイクの関係にもある。
行政が知らせたいことを、新聞やテレビが知らせることは多々あるし、
報道も「ちょっとこの話はどういうことでしたっけ」と聞くことも多い。
ただ、微妙なラインの話は、上に書いたようなことの方が
しっくりと説明できるような気がした。

 本とかを読んだ訳じゃないから、他の解釈が多分にありそうだし、
他にも正しそうな説明が有りそうな気もするから、
覚え書き程度に書いておくことにしました。

堤未果(2008)『ルポ 貧困大国アメリカ』岩波新書

2009-12-20 14:35:22 | Book
 読み終わってみて、この本にはもっと適したタイトルがあるんじゃないかという
気がしている。
「貧困大国アメリカ」というより、「貧困ビジネスを主導する国、アメリカ」といったところ。
弱者が生み出されることは、彼らが経済的な弱みを持ち、
それが利用されやすい構造が生まれることだということを示している。

 具体的には、貧困のために大学進学をあきらめそうな高校生たちへの
軍へのリクルート(そのための、各学校の携帯電話番号レベルでの個人情報提供)、
同じく、無理して大学を出ても就職もなく、奨学金の返済が出来ない
学生に、返済免除制度などを示しながら軍にリクルートする、
移民には、「入隊すれば市民権を与える」という移民法改正(2002年)
までして誘い込む、

 軍だけでなく、”警備”を政府から受託している
KBR社(ケロッグ&ブラック・ルート社=親会社はハリバートン)と
傭兵派遣の請負をするブラックウォーターUSA社は、
実際に支払う報酬や労働環境の過酷さを隠しながら、
ネパールやフィリピンにまでリクルートに出かける、

 戦争の他にも、貧困家庭用のフードスタンプ(食糧用バウチャー)が
チーズバーガーのように、栄養の偏った高カロリーのものの消費に流れ、
貧困が肥満につながっている構図などを書いている。

 内容以上に考えさせられたのは、2つの点だ。

 ひとつは、仕事の上で、「事実を構造的に組み立てて示す」ことの重要性。
構造ごと知らせる、というのは、私の仕事で常に求められていることでは
ないと思うけど、目標にすべき付加価値のある仕事なのだと思った。

 もうひとつは、読者として「具体的に知り、覚えている」ということの必要性。
当たり前のことだけど。おおざっぱにしか知らないことは、そのことの
重要性を低く見ている証拠だし、その後も低く見続けることにもつながる。

 =岩波新書、2008年1月発行=