産前産後に、Amazon Video で観た映画の感想。
「未来を花束にして」
1910年代のイギリス。女性の選挙権を獲得するまでの闘い。自分たちが、自分たちの子どもが生きる世界を、公平にするための運動は、生活を捨てなければならないほど過酷だった。公平でない、納得できない理由で不対等であるということは、何よりも辛いということがあり得る。男性たちが耳を貸さないから悪いのだ、と首相の別荘を爆破する彼女たちは、いわば逆ギレなのだが、実際過激な事件によって事態が打開されていく。ちょうどイギリスで社会保障制度が整ってくる時期で、読み物として読んだことのある時代だが、映像としては暗かった。
「三度目の殺人」
日本アカデミー賞作品賞を獲るなど、とても評価されている作品のようだが、それほどでもなかった。死刑制度は合法的な殺人である、と訴えたい気持ちは同感。
「クレイマー、クレイマー」
時折見たくなる、大好きな作品。前回観た時は、子どもと生活を築いていくことの手触りが印象的だったが、今回は、作品中の男の子の年齢が私の長女とほとんど同じというところで興味深かった。5歳半から7歳くらいを描く。前においしいと言って食べたものを「吐きそう、まずい」と言って口にしない、ご飯そっちのけでアイスを取り出して怒られる、親がいつも買っている洗剤の種類を覚えていていちいち指摘する、などなど。古今東西同じなんだな、親に対して感じる親しみも、きっと同じなのだろう。
「ビッグショット・ダディ」
ロビン・ウィリアムズのコメディ。冴えない、友達のいない高校生の息子が、恥ずかしくて人に言えないような事故で自殺してしまった。これにまつわる嘘が引き起こす物語。物を言えぬ息子がなぜか祭り立てられていって、父親であるロビン・ウィリアムズは嘘を嘘だと言えなくなる。面白い作品だった。死者の解釈などほとんど妄想に近いのだと肝に銘じるべし。
そのほか
「家族はつらいよ」
「GIRL」
「英国王のスピーチ」
コリン・ファース好きにはたまらない、そして「未来を花束にして」に近い時代、第一次世界大戦と第二次世界対戦の間の時代の雰囲気、薄暗さを味わえる。
「未来を花束にして」
1910年代のイギリス。女性の選挙権を獲得するまでの闘い。自分たちが、自分たちの子どもが生きる世界を、公平にするための運動は、生活を捨てなければならないほど過酷だった。公平でない、納得できない理由で不対等であるということは、何よりも辛いということがあり得る。男性たちが耳を貸さないから悪いのだ、と首相の別荘を爆破する彼女たちは、いわば逆ギレなのだが、実際過激な事件によって事態が打開されていく。ちょうどイギリスで社会保障制度が整ってくる時期で、読み物として読んだことのある時代だが、映像としては暗かった。
「三度目の殺人」
日本アカデミー賞作品賞を獲るなど、とても評価されている作品のようだが、それほどでもなかった。死刑制度は合法的な殺人である、と訴えたい気持ちは同感。
「クレイマー、クレイマー」
時折見たくなる、大好きな作品。前回観た時は、子どもと生活を築いていくことの手触りが印象的だったが、今回は、作品中の男の子の年齢が私の長女とほとんど同じというところで興味深かった。5歳半から7歳くらいを描く。前においしいと言って食べたものを「吐きそう、まずい」と言って口にしない、ご飯そっちのけでアイスを取り出して怒られる、親がいつも買っている洗剤の種類を覚えていていちいち指摘する、などなど。古今東西同じなんだな、親に対して感じる親しみも、きっと同じなのだろう。
「ビッグショット・ダディ」
ロビン・ウィリアムズのコメディ。冴えない、友達のいない高校生の息子が、恥ずかしくて人に言えないような事故で自殺してしまった。これにまつわる嘘が引き起こす物語。物を言えぬ息子がなぜか祭り立てられていって、父親であるロビン・ウィリアムズは嘘を嘘だと言えなくなる。面白い作品だった。死者の解釈などほとんど妄想に近いのだと肝に銘じるべし。
そのほか
「家族はつらいよ」
「GIRL」
「英国王のスピーチ」
コリン・ファース好きにはたまらない、そして「未来を花束にして」に近い時代、第一次世界大戦と第二次世界対戦の間の時代の雰囲気、薄暗さを味わえる。