大人と子どものための世界のむかし話16/アラブのむかし話/池田修・康君子・編訳/偕成社/1991年初版
あるとき、天使と人間の中間のすがたをしているジンという魔人が、ウンム・アッラビーウ川のながれをせき止め、川の水を、アトラス山脈のいちばんたかいところにある洞穴の中にとじこめ、入り口を巨大な岩でふさいでしまいました。このため雨がほとんどふらないこの地域の人たちはたいへんこまりました。
この都の王さまは、たいそう魔法にくわしく、なぜこのようなことになったか、すぐに見抜きました。王さまは、ジンが水をせきとめるために水源においた巨大な岩を見つけ、魔法をやぶるための呪文をとなえましたが、うまくいきませんでした。王さまは、とじこめられている水をながす方法が見つかるまでは、山からけっしてはなれないと、アッラーにちかいをたてました。
洞窟の前で、眠っている王さまの前に、長い白髪の老人のすがたをしたジンがあらわれ、四十人の学者を川にささげてくれるなら、川の水をかえすといいます。王さまは、いったんは、とほうもない要求だとことわりますが、要求にしたがうほか解決できないと思い、都中の学者を集めて、いのちをなげだしてくれるよういいました。
少し時間をおいてやってきた書物から知識を得ている学者は、天才的な芸術家がふさわしいといいます。王さまは、国中の詩人や音楽家四十一人を集め、川の水を取り戻すために犠牲になってくれるようたずねます。画家は「妻が病気」、詩人は「長詩を未完成のまま死ぬわけにいかない」、歌い手は「父が老いて、わたしが世話をしなければなりません」、作家は「兄が病気で、わたしの手助けが必要」、星占い師は「まだこどもがちいさい」と断りました。そのときひとりの賢者が、「おそらく、ジンは、わたしひとりだけのいのちで満足すると思われます。うまくすれば、わたしがジンの魔術をやぶり、川の水をながすことができるかもしれません。」と、もうしでます。
賢者が、大きな荷物をかついで山へのぼっていくと、のこされた四十人の芸術家たちは、賢者ひとりに犠牲をおしつけたことをひどく後悔し、賢者のあとをおっていきました。
一同が、川の水をながしてくださいといのると、その瞬間水がながれだします。なぜ、どのような呪文でジンの魔術をやぶったのは、いまもってだれにもわかっていません。
こうして、この地をうるおすために、たったひとりでジンと対決した賢者のをのぞいて、この都には、ひとりの詩人も音楽家もいなくなったという。そしていまでも、農民たちが川の水を使うためには、毎年四十人の犠牲者が必要なのです。
ふるくから、農作物にかかせない水を確保するため、さまざまな苦労がありました。