赤い鳥代表作集1/小峰書店/1998年
1920年「赤い鳥」掲載の作品。「杜子春」や「くもの糸」も「赤い鳥」掲載作品でした。
男の人生の落とし穴といえば、ギャンブル、酒、薬、女?か。
男が訪ねて行ったのが、ハッサン・カンからまなんだ魔術をつかうというマティラ・ミスラ君。いくつかのお魔術を見せてもらい、ミスラの家に泊まり込んで魔術を教えてもらうことになりました。教えてもらう前に「欲がのある人間には、使えない」と、念をおされていました。
それからひと月ほどたって、男が銀座のクラブの一室で、五、六人の友人と雑談にふけっていました。友人の一人がすいさしの葉巻をだんろのなかにほうりこんで、近頃魔術を使うと評判の男に、みんなのまえで使って見せてくれないかともちかけます。
「いいとも」男は両手のカフスをまくりあげて、だんろのなかで燃えさかっている石炭をむぞうさに手のひらへすくいあげました。そして、その手のひらの石炭の火を、しばらく一同の前につきつけてから、今度はそれをいきおいよく寄せ木細工の床へまきちらすと、無数の金貨になって、床の上にこぼれとびました。
友人が、ほんとうの金貨かとたしかめてみますが、たしかに本物です。石炭の火がすぐに金貨になるなら、一週間もたたないうちに、たいした金満家になってしまうだろうとほめそやしました。そしてもったいないからと、金貨をもとの石炭にもどそうとする男に反対しました。男は、「ぼくの魔術というのは、いったん欲心をおこしたら、にどとつかえないから」といいますが、友人は、カルタで勝負して、男が勝ったら自由にして、友人が勝ったら金貨のままわたすようにいいました。
なんども押し問答をして、金貨を元手にカルタを闘わせますが、なんどやっても男が勝ち続け、しまいにはすべての財産をかけるからと、最後の勝負をはじめます。男が勝ち誇ったように、ひきあてた札を、相手の目の前にだしてみせました。するとそのカルタの王様が、冠をかぶった頭をもたげて、ひょいと札の外へからだをだすと、にやりと気味の悪い微笑をうかべます。
ふと気がついてあたりをみまわすと、そこはミスラの家。一か月たったと思ったのは、ほんの二、三分のできごとでした。つまり、男には魔術の秘宝をならう資格のない人間だったのです。
人間にとって欲をコントロールするのは至難のわざ。わかってはいても・・・。