宮崎のむかし話/宮崎民話研究会編/日本標準/1975年
むかしむかし、ずっと山おくに炭焼きの小屋があった。ある夏のはじめの夜、おやじさんは、おかみさんや子どもたちを里の家に帰し、ひとり ぐっすりねむっていた。
すると夜中ごろ
「ヨイ」と呼ぶ声がした。おやじさんは、はっと目を覚まし、ついうっかりして
「オイ」と返事をしたが、耳をすましても何も聞こえない。
だれじゃろうと考えていると、またつづいて
「ヨイ」とよぶ声。またもや
「オイ」と返事をしてしまった。するとまた、こだまのようなやみの声がしした。
「ヨイ」「オイ」「ヨイ」「オイ」「ヨイ」「オイ」
おやじさんは、はっと気がついた。
「しまった。山んばの声くらべにひっかったか?。やりまけたら食い殺されるぞ。こら大変だ」
「どうしようどうしよう」 いまごろ気がついても もうおそい。そのあいだも
「ヨイ」「オイ」「ヨイ」「オイ」「ヨイ」「オイ」。 よび声がだんだん早くなる。
おやじさんは、のどがかわき、のどがからからになった。もうだめかと思ったその時に、ひょいと、よい考えがひらめいた。
旅の坊さんが、一夜の宿のお礼においていった琵琶だった。それを柱からおろすなり、ぎゅんと弦を張って、ピンとならした。
「ヨイ」「ビン」「ヨイ」「ビン」「ヨイ」「ビン」
おやじさんは、もう夢中で かきならした。何時間やったかおぼえていられない。
と、ふっとやみの声がきえた。
薄気味悪い静かさの中に、谷川のせせらぎが聞こえてきた。
おやじさんは、にぎりこぶしで顔のあせをふき、琵琶をふし拝んで、ていねいに柱にかけた。
夜、山ん中では、わけのわからないよび声には、用心がたいせつじゃということじゃ。
タイトルがどこからきているかわからずじまい。声くらべする山んば!。日本の昔話には かかせない”山んば”は、まだまだありそう。