お酒を飲んでいいかは誰が決める?
アピタル・酒井健司
2017年9月4日06時00分
「先生、お酒を飲んでもいいでしょうか?」と患者さんやご家族から尋ねられることがあります。患者さんは「少々お酒を飲んでも大丈夫ですよね」、ご家族は「お酒を飲んではダメだとビシッと言ってやってください」というニュアンスで仰られます。
外泊と同じく、飲酒も医師が患者さんに対して「許可」を与えるという形になりますが、飲酒も患者さんがメリット、デメリットを知らされた上で自己決定するのが望ましいです。医師は飲酒を許可するのではなく、患者さんの意思決定を手助けするのが理想的な役割です。
少量の飲酒が病気を予防するかもしれないという話はありますが効果の大きさとしては小さく、たいていは健康な人を対象にした研究によるもので、外来に通院しているような患者さんには適用できません。病気や寿命のことだけを純粋に考えるとアルコール摂取を禁止したほうがいい場合が多いです。
しかし一方で禁酒は生活の質を下げます。健康のためとは言え、お酒を飲む楽しみを一方的に奪っていいわけがありません。加えて、たいていの患者さんにとっては、「できればお酒は止めた方がいいけど、少しぐらいなら飲んでもすぐに悪影響を及ぼすほどではない」という程度です(アルコール依存症や重度の肝疾患なら話は別です)。
禁酒による生活の質の低下は人それぞれです。お酒が大好きでたまらない人にとっては苦痛は大きいですが、それほどでもない人もいるでしょう。そして苦痛の度合いは、患者さんとよく話をしない限り医師にはわかりません。患者さんがどれぐらいお酒が好きかを評価せずにお酒を禁止することは、副作用の程度を評価せずに薬を処方するようなものです。
病気でお酒を控えたほうがいいのに飲酒するのは、自己節制ができていない、良くないことだとみなされがちです。「そんなのは自己責任だから、病気が悪くなったら医療費は自己負担しろ」などと無茶を言う人もいるかもしれません。では、こう言われたらどうでしょう。「病気で薬を飲んだ方がいいけど、つらい副作用があるので薬を内服しないのは、良くないことでしょうか?」 いいえ、仕方がないことですよね。お酒が大好きな人にとっての禁酒も同じです。禁酒した方が病気や健康にとってはいいけど、「お酒を飲めない苦痛」という副作用が大きいので、仕方なく禁酒しないんです。
ちょっと詭弁のようにも聞こえます。しかし、人生の目的は健康・長寿だけではない、と言い換えればご理解が得られると思います。価値観は人それぞれ。健康をちょっぴりと犠牲にしてお酒を飲んでもいいじゃないですか。お酒だけじゃありません。甘いものや、塩分や、タバコだってそうです。
他の医師から引き継いだ糖尿病のおばあちゃんのカルテに、「おまんじゅう、1日1個まで可」と書いてありました。糖尿病のことだけを考えるとおまんじゅうは食べない方がいいに決まっています。でも、おばあちゃんは甘いものが大好きなんです。さすがに無制限というわけにはいかず、話し合った結果がおまんじゅう1日1個までだったんでしょう。私がおじいちゃんになったらこういう医師に診てもらいたいです。
<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>
http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)
アピタル・酒井健司(さかい・けんじ)
内科医
1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。
アピタル・酒井健司
2017年9月4日06時00分
「先生、お酒を飲んでもいいでしょうか?」と患者さんやご家族から尋ねられることがあります。患者さんは「少々お酒を飲んでも大丈夫ですよね」、ご家族は「お酒を飲んではダメだとビシッと言ってやってください」というニュアンスで仰られます。
外泊と同じく、飲酒も医師が患者さんに対して「許可」を与えるという形になりますが、飲酒も患者さんがメリット、デメリットを知らされた上で自己決定するのが望ましいです。医師は飲酒を許可するのではなく、患者さんの意思決定を手助けするのが理想的な役割です。
少量の飲酒が病気を予防するかもしれないという話はありますが効果の大きさとしては小さく、たいていは健康な人を対象にした研究によるもので、外来に通院しているような患者さんには適用できません。病気や寿命のことだけを純粋に考えるとアルコール摂取を禁止したほうがいい場合が多いです。
しかし一方で禁酒は生活の質を下げます。健康のためとは言え、お酒を飲む楽しみを一方的に奪っていいわけがありません。加えて、たいていの患者さんにとっては、「できればお酒は止めた方がいいけど、少しぐらいなら飲んでもすぐに悪影響を及ぼすほどではない」という程度です(アルコール依存症や重度の肝疾患なら話は別です)。
禁酒による生活の質の低下は人それぞれです。お酒が大好きでたまらない人にとっては苦痛は大きいですが、それほどでもない人もいるでしょう。そして苦痛の度合いは、患者さんとよく話をしない限り医師にはわかりません。患者さんがどれぐらいお酒が好きかを評価せずにお酒を禁止することは、副作用の程度を評価せずに薬を処方するようなものです。
病気でお酒を控えたほうがいいのに飲酒するのは、自己節制ができていない、良くないことだとみなされがちです。「そんなのは自己責任だから、病気が悪くなったら医療費は自己負担しろ」などと無茶を言う人もいるかもしれません。では、こう言われたらどうでしょう。「病気で薬を飲んだ方がいいけど、つらい副作用があるので薬を内服しないのは、良くないことでしょうか?」 いいえ、仕方がないことですよね。お酒が大好きな人にとっての禁酒も同じです。禁酒した方が病気や健康にとってはいいけど、「お酒を飲めない苦痛」という副作用が大きいので、仕方なく禁酒しないんです。
ちょっと詭弁のようにも聞こえます。しかし、人生の目的は健康・長寿だけではない、と言い換えればご理解が得られると思います。価値観は人それぞれ。健康をちょっぴりと犠牲にしてお酒を飲んでもいいじゃないですか。お酒だけじゃありません。甘いものや、塩分や、タバコだってそうです。
他の医師から引き継いだ糖尿病のおばあちゃんのカルテに、「おまんじゅう、1日1個まで可」と書いてありました。糖尿病のことだけを考えるとおまんじゅうは食べない方がいいに決まっています。でも、おばあちゃんは甘いものが大好きなんです。さすがに無制限というわけにはいかず、話し合った結果がおまんじゅう1日1個までだったんでしょう。私がおじいちゃんになったらこういう医師に診てもらいたいです。
<アピタル:内科医・酒井健司の医心電信・その他>
http://www.asahi.com/apital/healthguide/sakai/(アピタル・酒井健司)
アピタル・酒井健司(さかい・けんじ)
内科医
1971年、福岡県生まれ。1996年九州大学医学部卒。九州大学第一内科入局。福岡市内の一般病院に内科医として勤務。趣味は読書と釣り。医療は奥が深いです。教科書や医学雑誌には、ちょっとした患者さんの疑問や不満などは書いていません。どうか教えてください。みなさんと一緒に考えるのが、このコラムの狙いです。