夜噺骨董談義

収集品、自分で作ったもの、見せていただいた品々などを題材に感想談など

気軽に買えなくなった作品 伊万里 花籠文様大皿

2016-06-25 04:51:44 | 陶磁器
面会待ちのために通された社長室のあるフロアの応接室には、ビュッフェの肉筆画で30号以上もあろうかという作品が二作品と島岡達三の赤絵の皿・・・。

展示のバランスはいかがなものかとは思いますが、マニアには垂涎の作品です。当方はそのような作品には縁がないので、庶民的な飾りの作品の紹介です。

伊万里の40センチを超える大皿・・、いったい何に使ったのでしょうか? 刺身の大盛りの皿? 基本的には飾り皿? 

明治期以降、庶民に陶磁器が普及し、大皿も需要が多くなったのだろうと思います。庄屋や商家では大皿を揃えたようで、古い蔵には杉の箱に入った大皿が何枚かあることが多いものです。

実際に使用していましたので、キズモノも多くありますが、需要に追いつかず完全な作品ではない窯傷、窯ワレのある作品も「訳あり品」で安値で売られていたようです。藩によって統制がとられて完全な作品を厳選して出荷していた時代と違い、幕末から明治になると規制がゆるくなり、出荷する作品に違いが出てきましたようです。

本日の作品紹介は、「訳あり品?」かもしれない窯ワレのある幕末から明治期の伊万里の錦手の大皿の紹介です。

伊万里 花籠文様大皿
裏面金繕補修有
口径456*高さ63*高台径



本作品は裏側が金繕いされていますが、窯ワレのように思います。

郷里の家にもこのような窯ワレの大皿があります。「訳あり品」の作品は全体が意外に出来が良かったりします。割って捨てるには惜しかったものと推察されます。よって、このような窯ワレ、傷のある作品を重宝したということを聞いたことがあります。

古伊万里をはじめとする伊万里系統を蒐集する御仁は完品を求める御仁が多いので、このような傷モノは安く入手できます。個人的には完品ばかり求めるのはどうかと小生は思いますが・・。日本人の感性とは違うもののように感じます。



以前にも記述したように、幕末から明治期、大正期の伊万里系統の作品は人気がありませんでしたが、現在はそれなりのお値段になってきました。

どうもこれらの作品も「古伊万里」と呼び始めたようですが、これは骨董商が古伊万里の品不足を補い、時代の浅い伊万里を高く売る算段だと思っています。また巧妙な中国製の古伊万里の贋作が横行していることも関連があると推察されます。

古伊万里に比べては安く、以前は1万円以下のお値段であったはずでしたが、今では「ん?」と思う値段のようです。ただ今でも、まだこのような「訳あり品」は数千円で入手できることがありますので、ちょっと探してみる価値はありそうです。



伊万里の錦手の人気の絵柄に「花籠」があります。錦手の古伊万里の作品はもともと上手の貴重な作品であり、飾ることも使うことも憚れる作品であることには相違ありませんでした。



幕末の作品は絵付けは雑な作品が多いですが、このような錦手はまだ丁寧に描かれています。このあたりがこの時期の作品の面白いところです。それなりに上物の作り方をしており、絵付も力作になっており、この絵付けの出来不出来が作品選別のポイントです。



裏側もチェックポイント・・。ただこの時期の作品は裏側までは力作ではないようです。



「訳あり品」ということで、気軽に飾ったりできます。地震がきたら割れるとか、盗まれるとか余計な心配はしないですみます。



裏面には宝珠文。裏表ともに図柄は縁起物です。松竹梅、鳳凰、唐子、太湖石・・・。



近代に製作された伊万里や九谷の大皿が料亭やお屋敷の玄関などに飾られていますが、やはり時代にあるものがいいと思います。近代のものは色がけばけばしく、時代のあるものに比して落ち着きがないせいだと思います。



もともとは幕末から明治期にかけて、大家族での法事や結婚式の大宴会で使用する目的で、商家や庄屋など人の多く集まるところで使用する目的で作られていたものですが、次第に飾る作品となってきました。

江戸期の盛期の古伊万里にはない大きさですが、今では飾る以外には御用済みの作品かもしれません。

飾る場所、収納する場所が無い限りは無用の長物・・・、その意味でも「気軽に買えなくなった作品」






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