今日は足利8代将軍義政の創った銀閣寺の写真です。ご存知の通り3代将軍義満の創った北山金閣寺に倣ってか、対抗してかはわかりませんが、孫の義政が東山に創った寺院です。祖父の権力の象徴、絢爛豪華な金閣寺とは対照的に、わび、さびを重んじた落ち着いた造りになっています。確かに実際に居住するには金ピカじゃ落ち着かないし、すべりそう。義政の銀閣寺の方が地味ですが、実用的だと思います。
銀閣寺垣
庫裡の向かい側には
いきなり銀閣 本名観音殿
これも国宝 東求堂
ここのもう一つの特徴は寺院の東端に高台があること。庭園から山すそを登る月を観望したり、高台の上から寺院、庭園を見渡したり、娘も登ってみたようです。
銀の鳳凰もよく見える
途中には湧水も合って
そこからは寺院だけではなく
京都市街まで見渡せます
順路に沿って下ります
また湧水が 洗月泉
そのまま進むと
教科書で見た構図に出会えます
祖父に負けじと東山文化の礎を気づいた義政ですが、皮肉なことに銀閣寺の完成を待たずにその生涯を終えてしまいます。本名の慈照寺は義政の法号から名付けられました。権力があってもなかなかうまくいかないもんですね。
銀閣寺垣
庫裡の向かい側には
いきなり銀閣 本名観音殿
これも国宝 東求堂
ここのもう一つの特徴は寺院の東端に高台があること。庭園から山すそを登る月を観望したり、高台の上から寺院、庭園を見渡したり、娘も登ってみたようです。
銀の鳳凰もよく見える
途中には湧水も合って
そこからは寺院だけではなく
京都市街まで見渡せます
順路に沿って下ります
また湧水が 洗月泉
そのまま進むと
教科書で見た構図に出会えます
祖父に負けじと東山文化の礎を気づいた義政ですが、皮肉なことに銀閣寺の完成を待たずにその生涯を終えてしまいます。本名の慈照寺は義政の法号から名付けられました。権力があってもなかなかうまくいかないもんですね。