■ 陰謀論的に見た「低金利の罠」 ■
シリーズでお送りしている「低金利の罠」ですが、今回が最終回になります。このブログは「合理的な陰謀論」を展開する様に心がけていますので、陰謀論的にこの問題を見て行こうかと思います。
仮に「低金利の罠」なるものが実際の有るとするならば、中央銀行は何故リフレ的金融政策を取るのか?特に量的緩和を長期に渡って実効して来た日銀は、リフレ的金融政策がバブルを生み易い事は十分に知っているはずです。
■ 日銀の量的緩和が生み出した日本のプチバブルとアメリカの住宅バブル ■
「低金利の罠」が現実に起きるならば、日銀の量的緩和でバブルが発生しなかったのはどうしてか・・・そういう疑問を持たれるかも知れません。
実はバブル崩壊後にマンション建設のプチバブルが発生していました。
1993~1996年 第7次マンションブーム 準郊外型
1999~2001年 第8次マンションブーム 都心回帰
2006年 超高層マンションブーム1 都心
2013年~ 超高層マンションブーム2 都心限定
ただいずれのバブルもプチバブルの段階で萎んでしまいました。実需が弱いので、相場の上昇にも限度があるのです。
一方、大バブルは海の向こうのアメリカで発生しました。日銀の緩和マネーがアメリカで住宅バブルを生み出してプロセスは前回の記事で説明した通りです。
■ 現在のバブルは新興国で発生している ■
リーマンショック以降、世界の中央銀行は超緩和的金融政策を実施しました。供給される緩和マネーは金融市場を経由して新興国に流入しました。
お金は金利が好きですから、先進国よりも成長力の高い(金利が高い)国へとどんどん流れ込んで行きます。これは金融市場を経由して資金が移動します。
■ 新興国バブルが崩壊する事が金融資本家達の目的 ■
ゴールドマンサックスはリーマンショックの前よりBRICsなどという名称を考案して新興国への投資を煽っていました。
新興国経済は放っておいても拡大しますが、緩和マネーの流入によってインフラ投資やビル建設などはさらに加速されます。数年で街の様相が一変してしまいました。
しかし、これは一種の開発バブルで、資金流入が停止したり逆転すればバブルは一気に崩壊します。現在のバブルはアメリカの利上げによって潮目が変わりますから、どこかの時点で新興国バブルは大崩壊するでしょう。
実はこれこそが金融資本家達の策略なのです。
日本の生成大バブル崩壊後や、アジア通貨危機時のアジアの様に、暴落した株式を禁輸資本家達が買い漁り、破綻仕掛けて企業を二束三文で手中に納めます。株主や経営者として、その国の主要企業を支配しするのです。
■ 1929年のNY株式市場の大暴落は金融資本家達のバブル戦略 ■
第二次世界大戦の原因となった1929年のNY株式市場の暴落の目的も同じでした。金融資本家達は個人投資家達にコールローンと良ばれる低利の資金を提供していました。これは要求があれば直ぐに返済しなかればならないローンです。この低利の資金が大量にNY株式市場に流入してバブル状態を作り出しました。そこで、金融資本家達はコールローンの返済を求めたのです。個人投資家達は返済の為に株式を一斉に売却します。これによって売りが売りを呼んで大暴落が発生したのです。
NY市場の株式が底値となった所で、ロスチャイルド系やロックフェラー系の企業がこれらの株を買い占め、アメリカ経済の大本を握ってしまいました。
■ 現在は中央銀行がバブルを生み出している ■
リーマンショック以降、各国中央銀行は極端な緩和政策を継続させています。経済の崩壊を防ぐには仕方が無い事だと説明されますが、結果的にはリーマンショック以上の大バブルの崩壊を生み出すでしょう。
バブルは中央銀行が量的緩和を縮小したり、金利を上げる事でいつでも好きな時に崩壊させる事が出来るのです。
■ 低金利の罠とは、本当は中央銀行と金融資本家達のバブル戦略に他ならない ■
中央銀行が意図的にバブルを生み出し、そして崩壊させたとして、それが悪い事かと問われたら・・・私には答える事が出来ません。
世界経済を支える為には巨大な需要を作り続けるしか方法が無く、先進国の需要は既に飽和しています。ですから、新興国や途上国の国民を新たな消費者として成長させなければ、先進国の経済は停滞してしまいます。
新興国や後進国を発展させるには投資が必要です。成長スピードを加速する為にはバブルが必要です。
バブルが崩壊して損失を被るのは先進国の人々です。日本の老人達の投資信託などで元本が大きく損なわれる可能性は高いでしょう。
一方、新興国バブルで作られたインフラやビルは、その後、新興国経済の発展の長年に渡って寄与します。但し、利益の多くは金融資本家達に還元されてゆきます。
結局、世界の人達を一生懸命働かせ、そして彼らの財産を投資させて、一番オイシイ所は世界の経営者達が頂く・・・。
その代償は・・・実は平和なのかも知れません。100年前に比べれば、私達で平和え豊な生活を送っています。・・・但し、それが一部の人達の犠牲の上の成り立つ平和である事は忘れてはいけないのでしょう・・・。