■ 擦り切れる程聴いた1枚 ■
最近はアニソンばかり聴いている私も、若い頃は随分とジャズやロックのCDに散財していました。基本はジャケ買い。雑誌でお勧めしている様なCDを買うと2、3回聴くと飽きてしまい、ジャケ買いしたCDは不思議と擦り切れる程聴きました。(CDは擦り切れませんが)
そんな中で一番聴いたのが上の写真のアルバム。フレッド・ハーシュというアメリカのジャズ・ピアニストの1987年の2ndアルバムですが、当時は無名でした。
ベースはチャーリー・ヘイデン、ドラムスは有名になる前のジョーイ・バロン。この中で有名なのはキース・ジャレッのトリオで活躍していたチャールー・ヘイデンだけ。ところがこのアルバム、それまでの私のジャズの概念を覆す程に素晴らしい内容でした。
当時の一般的な日本のジャズファン同様に、私もビル・エヴァンスとキース・ジャレットを「神」と崇めていましたが、フレッド・ハーシュの演奏はちょっと聴きは「キレイなビル・エヴァンス」といった感じ。
ところが、何かが普通のジャズと違う。聴き続けている内に、その違いは「クラシック」に在る事に気付きました。別にジャック・ルーシェの様にバッハをジャズ風に演奏するといった表面的な物では無く、音楽や音の構成がクラシック音楽的なのす。
例えばバッハやショパンやモーツアルトが現代に生きていてジャズ・ピアノを演奏したらこんな感じになるのでは・・・そう思わせる。特に左手の使い方が特徴的です。通常、ジャズピアにの左手はコードとリズムを支えますが、フレッド・ハーシュの演奏では音楽を構造的に支えているというか、アドリブでありながらショパンやシューマンのピアノソナタを聴いている様な複雑な構成。
ちょっと聴きはキース・ジャレットやチック・コリアの様なのですが、左手の色彩感と表現力が並で無い。そしてリズムの扱いが現代音楽的というか・・・。
結果的にドラマーの役割はリズムキープでは無く、ピアノの左手と必死にコラボレーションする事になります。当時、ティム・バーンやミニアチュール、ビル・フリーゼルバンドで活躍していたジョイ・バロンですが、私、しばらくこのアルバムのドラマーが彼である事に気付きませんでした。元々小技の上手いドラマーでしたが、本当に「あれ、ドラムの音入ってた?」と思う程、地味にサポートに徹しています。
フレッド・ハーシュは4才からクラシック・ピアノを始め、9才では4声と対位法の作曲をマスターしていたらしい。その後は音楽学校に進みますが、スピンアウトしてジャズを演奏する様になります。
このアルバムで少し注目されるまでは、NYのクラブで演奏していましたが全くの無名。当たり前と言えばそれまでですが、ジャズを聴きに来た客に彼の演奏はキレイだけどノリの悪いジャズ・・・そう評価されたでしょう。
■ ジョビンのボサノバの名曲がクラシックの名曲に聞こえる ■
そんなフレッド・ハーシュも3rdアルバムはエンヤ(ドイツの比較的メジャーなレーベル)から発売され、ツゥーツ・シールマンと共演するなど、知名度が高まります。
ただ、メジャーになった後の彼の演奏は何故かあまり好きになれませんでした。やはりジャケ買いした1枚の思い入れが深かったのかも知れません。
その後、エイズウィルスが脳を犯し、再起不能とまで言われましたが、奇跡的に復活し、今では「ピアノの巨匠」とまで言われる様になりました。
私はと言えば、最近は冒頭で紹介した2ndアルバムをたまに聴くぐらいで、新しいアルバムは聴かずじまい。
ところが、先月iTune Musicに入ったら、「あなたのお勧め」でフレッド・ハーシュが出て来ました。iTune Musicが私のPCのライブラリーでフレッド・ハーシュを見つけたのでしょう。
新しいアルバムでも聴いてみようとクリックしたのが下のアルバム。
アントニオ・カルロス・ジョビンのボサノバの名曲をピアノソロ主体で演奏していますが、もう気絶しそうに素晴らしい。
ちょっと聞いただけではボサノバだとは分からい程リズムもメロディーも断片化されていますが、もうクラシックの名ピアニストの演奏を聴いている気分になれます。
彼の特徴である左手は、音階を持ったドラムセットの様で、さらには右手のメロディーのバッキングまでこなし、艶やかで色彩感豊かなコードで音楽を支えます。右手の音色もコロコロと美しい。
もう、ここまで行くとベースもドラムスも必要在りません。まさに現在のピアノのヴィルトゥオーソ。
こちらは誰かが採譜していす。タンゴですが・・・ピアノ曲・・・。
トリオの演奏ですが、聴衆はクラシックを鑑賞している様な雰囲気。一音も聞き逃したく無いかの様。
<追記>
冒頭で紹介したアルバム、あまりにもジョーイ・バロンの影が薄くて可哀想なので、彼が如何に素晴らしいドラマーか分かる動画をオマケに・・・
ドラムソロで飽きさせる事が無い。作曲も悪くないんですよ。
このジョーイ・バロンもハーシュのトリオではピアノの左手のバッキングに徹しています。ハーシュの左手の生み出すリズムは断片的ですが、たまに右手にちょこっと引き継がれたりして、無音の中でも継続しています。(メロディーも同様ですが)。さらにリズムがユラユラと揺れていたりするので(メトロノームの様に正確に聞こえますが、ポリリズミックに揺れている?)ので、ドラムやベースが絡みにくいのでは・・・。
そこで名手の二人は、ピアノの生み出すリズムを補強したり、あるいは少しだけ外乱を与えたりして、よりハーシュの演奏を引き立てる事に徹している様です。
黄金期のビルエバンス・トリオやキース・ジャレット・トリオですら「野蛮」に感じられる、神経を研ぎ澄ませたミュージシャン同士の真剣勝負が聞こえて来ます。(私の個人的感想ですが)