りきる徒然草。

のんびり。ゆっくり。
「なるようになるさ」で生きてる男の徒然日記。

イカ天。

2011-01-25 | Weblog
今日のタイトルを見て、のけ反って懐かしがった人は、きっと同世代の人だろう。
握手。握手。シェイク・ハンドじゃ(笑)

昨夜、家族が寝静まったリビングで、DVDを観ているうちに、気がつくと古い
ビデオテープにまで手を出して鑑賞をはじめてしまった。

驚いた。

その中のビデオテープに「イカ天」が収録されていたのである。
ここで数行使って、この日記を読んでいる方で「イカ天」を知らない方に、
その概要を簡単に説明しようと思ったけど・・・やめた。
この日記を読めるくらいだから、そういう方たちは、きっとネットを辞書
代わりに利用することなんて朝飯前だろう。知りたければ、自分で調べましょう(笑)

・・・で、話を元に戻すと、その「イカ天」はリアルタイム(平成元年)の
番組ではなく、4~5年前のスペシャル番組だった。
当時、我が家はビデオデッキからHDDレコーダーに買い換えた頃だった。
おそらくそのドタバタの中で、録画したけれど見忘れていたのだろう。

番組内容は、当時「イカ天」に出演したバンドの映像をひたすら流すだけ。
それに当時司会だった三宅裕司や相原勇、審査員だった萩原健太、吉田健らが
当時を懐古しながらコメントしてゆく・・・という、“経費かかってねぇなぁ~”の
王道を行くものだった。

当時、僕は「イカ天」が嫌いだった。
よく見てはいたが、それは司会の相原勇のファンだったからであって、
そこに出演していたバンドには何ら興味がなかった。

興味がないどころか、嫌悪していた。

パンツ一枚で歌うバカ。演奏中にチェーンソーでマネキンを切断するバカ。
歌っている途中で“わざと”失神するバカ。どう転んでも歌う価値がない歌詞を
叫ぶバカ・・・etc.
そしてそんなバカバンドと、まるで青田買いのように、次々と契約してメジャー
デビューさせるレコード会社。
それまで邦洋を問わずロックやポップスをそれなりに聴いてきたと自負していた
僕には、“あぁ・・・日本のロックは終わったな”という、絶望に近い心境しかなかった。
でも、あれから20年の年月が過ぎて、次から次へと流される当時のバンドのVTRを
観ているうちに、その演奏や歌に、驚いている自分がいた。

カッコいいでのある。

「宮尾すすむと日本に社長」というバンドを覚えてらっしゃるだろうか?
おそらく、日本のロック史上でも最もふざけた名前のこのバンド。
もちろん、当時は大嫌いだった。
こんなネーミングが音楽業界やテレビの中を普通に跋扈していることが許せなかった。
でも、20年後の視点と聴覚であらためて接した「宮尾すすむと日本の社長」は、鳥肌が
立つほどカッコよかった。
ファンクだった。
それも、今でも十分通用するゴキゲンなファンクバンドだった。

今も活躍している「BIGIN」も、初登場当時から突出したボーカルとメロディメーカーの
バンドだったことを痛感した。
そりゃあ、こういうバンドがいきなり出てきて演奏されたら、ものすごいインパクトが
あるよなぁ・・・。
それが当時の僕には、まだまだ分からなかったのだ。
ちなみに、同じように感じたバンドに「たま」もいたけど(^_^;)
今なら、彼らも素直に聴けた。
いい音楽、やってたんだね。

最近、20年ほど前の出来事やモノをあらためて振り返って、感心したり改心することが
多いような気がする。
別に懐古主義に走っているわけではない。
あの頃に帰りたいとは思わない。
むしろ帰りたくない。今の方がよっぽどいい。
今の方がいいと思える自分がいるからこそ、ちっぽけな自分の価値観だけで生きていた
当時の僕を、今の僕は少し反省しているのかもしれない。
あの頃否定したり拒絶していた出来事やモノを許容できるスペースが、40歳を過ぎて
やっと心の片隅にできたのかもしれない。
そういう再発見も悪くはない。
最近、ぼんやりとそう思う。

写真のテレビの画面に映っているのは、「マルコシアス・バンプ」というバンド。
グラムロックを忠実に再現したようなバンドで審査員も大絶賛してたけど、
今も彼らは健在なのだろうか?
コメント (2)
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