りきる徒然草。

のんびり。ゆっくり。
「なるようになるさ」で生きてる男の徒然日記。

きっかけ。

2011-05-30 | Weblog
今月は、来月開催の個展に出品する絵を、自宅で描いていたが、
基本的に、僕は家では、まったくと言っていいほど絵を描かない。

別に特別な理由はない。
日中、“デザイン”という名目で、さんざん描いているから。

基本的に頭のチャンネルを換えることが僕は下手なので、
家でも同じような行為をしていると、気持ちの切り替えも
出来なくなるのだ。

DNAなのだろうか。
僕の子どもたちは、絵を描くのが好きだ。
娘は、将来の夢は漫画家で、息子は恐竜の絵を描かせたら
おそろしく巧い。

僕が仕事から帰宅すると、必ずと言っていいほど、
リビングのテーブルの上に鉛筆と紙を広げて、落書きなのか
清書なの分からないけど、何かしらの絵を描いている。

しかしラフな格好に着替えた僕は、そんな子どもたちの絵描き
には決して参加せず、集中して絵を描いている子どもたちを
横目に、テレビのニュース番組を見る・・・それが僕の家での
“絵”に対するスタンスだ。

しかし、昨日、珍しく子どもたちに混じって、絵を描いた。
一日中、雨が降っていて、外出もできず、することもなく、
暇の極致に陥ったからかもしれない(笑)

ドラえもんを描いた。

先日、あることを思い出した。
それは小学生の時の出来事だ。
僕は小学3年生くらいだったと思う。
教室の自分の机の上で、画用紙にドラえもんを描いていた。
たしか終業記念に自分の文集を創った際に、その表紙に
するための絵を描いていたのだ。
自分の文集の表紙だから何を描いてもよかった。
僕は、当時アニメがスタートしたばかりで、人気が爆発していた
ドラえもんを選んだのだった。

「すごいよりきるくん、すごいよ

夢中で絵を描いていた僕のすぐそばで、そんな驚嘆の声が聴こえた。
ハッと我に返ってその声の主の方へ目を向けると、そこには同級生の
女の子がいた。
おまけにその子は、僕の初恋の子だった。
彼女は、僕の描いているドラえもんを見てそう言ったのだ。
彼女の声に、自然と同級生たちが僕の机の周りに集まりはじめた。

「巧いねぇ」、「よく描けるねぇ」、「俺のも描いてよ」・・・etc.

僕が描くドラえもんを見ながら、同級生たちは様々な感想を口にしていた。
10歳足らずの子どもと言えども、僕も人間である。
やっぱり褒められれば、嬉しい。
おだてでもお世辞でも、好意的な言葉に乗って、筆がどんどん進む。

「前から絵が上手だと思っていたけど、やっぱり上手だね」

最後にとどめのひと言を発したのは、初恋の女の子だった。



「・・・だから、お前だぞ、俺がこの仕事をするようになった原因は」

今月の上旬、小学時代の同級生が集まって開いたプチ同窓会に参加した僕は、
同じくその席に参加していた初恋の彼女に、笑いながらそう言った。

当然だが、彼女はそんな出来事、全く憶えていなかった。
しかし、僕自身もずっと憶えていたわけではない。

その宴席で、いろんな話をしているうちに、紐で固く固く縛られ頭の最奥部に
仕舞っていた記憶が、自然と緩んで頭の表面に浮かんできたのだ。

もちろん、彼女に言った言葉は冗談だ。
他人の一言で自分の人生を決めるほど、僕は自分を単純だと思っていないし、
その他にも、今のこの仕事へ向かわせる要因になった出来事や種は、思い返せば、
いろんなところにあったような気がする。

ただ、頭の奥深くに仕舞ってあったといえども、今でも僕の脳みそのどこかに
その出来事がしっかりと残存していたということは、やはり、僕の人生にとって
重要な出来事だったことはまぎれもない事実なのだろう。

考えてもみれば、当然かもしれない。
10歳やそこらで、当時の自分の取り囲む世界のすべてと言ってもいいクラスメイトの
ほぼ全員が、自分の描いた絵を通して、自分の存在を肯定してくれたのだ。
これほどまでに気持ちのいいことは、大人になった今でもそうあるものではないだろう。

あれから35年。

久しぶりに描いたドラえもん。
断言できる。
小学生の時の方が巧い(笑)
コメント
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