rock_et_nothing

アートやねこ、本に映画に星と花たち、気の赴くままに日々書き連ねていきます。

次々と移民者を受け入れてきた土地、オーストラリア:アデレード

2012-01-27 23:52:18 | 街たち
「世界ふれあい街歩き」オーストラリア大陸の南端に位置する、アデレード。
長い砂浜の海岸線に、長い桟橋が突き出しているところが、1836年イギリスの探検隊が上陸し、移民者を続々と受け入れた、アデレード発祥の場所。
すぐ近くには、当時の市役所が、今もその姿を残している。
オーストラリアは、イギリスの流刑者によって開拓された街が多い。
しかし、アデレードは、自由移民によって開拓された街で、イギリスを始めヨーロッパ諸国、アフリカ、アラブ、アジアと、多国籍移民が混在している。
夢と希望を胸に、新天地を求めてやってきた、前向きな街。
開拓当初から、移民による人口増加を考慮した都市計画で、街を形作っていった。
そのことからも、海岸から少し内陸に位置する中心地には、ランドルモールという、オーストラリアで初の歩行者天国の通りがある。

アデレードは、文化と芸術の街。
そして、フェスティバルの街。
一年中晴天の多い土地柄のあってか、いつもなにやらの祭りが開かれているという。
特に”フリンジフェスティバル”アートのフェスティバルで、毎年の夏の終わりに、3週間かけて700以上もの催し物が開かれている。
演劇、音楽、アート、なんでもござれ。
もう、50年以上も続いているそうだ。

街には、フィッシュ&チップスの店が、美味しい匂いを漂わせている。
イギリス移民の食文化の名残。
赤レンガの中央市場には、パン屋、八百屋、コーヒー屋、コーヒースタンド、肉屋、魚屋など、たくさんひしめき合っている。
オーストラリアならではの食材もあり、ワニにカンガルーの肉も、ショーケースに並んでいた。
ワニはともかく、カンガルーには驚きを隠せないが、その土地の一般的なものなのだ。
かわいそうなどと思うのは、一方的に価値観を押し付けているだけ。

”ザ・ガーン”という列車は、オーストラリア北端にあるダーウィンから南北縦断2976㎞を、54時間かけて走る、高級寝台列車。
名の由来は、19世紀中頃に、オーストラリア中央を探検する探検隊によって、アフガニスタンからつれてこられた砂漠地帯探検ラクダからきているのだと。
最長1.2kmの車両が、かつてのキャラバンとはちがう、労せずに赤銅色の砂漠を快適に堪能できるらしい。

そういえば、街のオフィス街にビーチバレーのコートがあった。
近隣のビジネスマン達は、昼休みともなればそこへ繰り出し、練習に余念がない。
なんともおおらかで、生き生きとしているのだろうか。
夕方の海岸では、ボートレースの練習に励む仕事上がりの人たちもいた。
彼らは、ボランティアでライフセーバーもしているとか。
生活を、仕事に翻弄されている我々とは、かなり違っている。

何をどういう風に、どこまで望むかによって、重きをどこに置くかで、人生は変わってくる。
アデレードの人たちは、あくせくせずに人生を楽しむことを選んだのだろう。
自由移民の気質が、主体的に幸せを追求させる。
その気構えを、少し倣ってみてもいいかもしれない。
主体的とはいっても、望みすぎず、肯定的に人生と折り合いをつけていく姿勢として。

ゴヤ、容赦なく抉り出す筆

2012-01-27 00:14:12 | アート

日傘
 

鰯の埋葬

国立西洋美術館で開催している”ゴヤ展 光と影”に行ってきた。
油彩画と版画にデッサン、特に版画が充実して展示されていた。
ロココ調のロマンティックな「日傘」。
一見、明るく華やかなように見えるが、どこか嘘っぽい。
若い女性は、下からの反射光で不気味さを添え、後にいる若い男の目は、大きく黒っぽくつぶれ仮面のようだ。
日傘を差し向けるしぐさも、空々しい。
この展覧会には出品されていないもので、同じように明るめの色使い、「鰯の埋葬」は、不気味さが躊躇なくあらわれ出て、明るい色調がそれをいっそう引き立たせている。


魔女の夜宴

これは、ゴヤが聴力を失ってから「聾者の家」の壁画として描かれたなかの一枚。
ナポレオンのスペイン侵略とその独立戦争の動乱期に、そしてスペインの宮廷画家をしている中で、人の愚かさをつぶさに見たゴヤが、膿を吐き出すかのように描いたのだ。


戦争の惨禍 なんと勇敢な!


ロス・カプリチョス 理性の眠りは怪物を生む

しかし、ゴヤの真価は、一連の版画にあると、このたび強く確信した。
若き頃より、幾度となく、ゴヤの版画を何度も観てきた。
今回、久しぶりに対面したゴヤの版画に、心底参ってしまったのだ。
世相と人間の性を辛らつに抉った作品だが、その構図の、白と黒のバランスと、モチーフの扱いと、全てにおいてかっこいいと思った。
あたかも、描く内容が愚かで醜くいほどに、画面は美しく研ぎ澄まされていく、自浄作用のように。

表面の綺麗さは、中の汚物を隠し誤魔化すカバーに過ぎないと、人の本性を看破するゴヤ。
スペイン内乱は、筆舌に尽くせないほど悲惨極まりなかったのだろう。
いや、戦争の悲惨さは、いつの世も何処も変わらない。
今も、この地球上で、繰り返されている。

そのゴヤが、絶筆「ボルドーのミルク売りの娘」において、全く毒を感じさせなくなったのは、なぜだろう。
人を断罪することに疲れたのであろうか?
それとも、己が贖罪の意味を込めて描いたのであろうか?
彼の画業において、人生において、救いの光が届いたのだとしたら。
そう思わせる絵に、なっているように感じるのであった。


ボルドーのミルク売りの娘